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花鳥風月通信

自慢のおいしいスパゲティ
高円寺「花鳥風月」の公式ブログ
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ごはんの思い出
こんにちは。今日は土曜日だというのに、
店主とひなこ、両方が風邪で寝ています。
いや、ひなこは途中から復活して
ドラえもん鑑賞していますが。


うちは店主一人が食事と飲み物を
日々作っているので、店主が倒れてしまうと
もう休むしかありません。
そのため度々体調不良で早く閉めたり、
今回のように土曜なのに休業したり
することになってご迷惑をおかけしてしまいます。
でも、料理をおいしく出せないのにお客さんに
来ていただくわけにはいかないので、
どうしようもないときはしっかり休んで、
またがんばってもらわねばなりません。
気をつけているつもりですが、
体調管理とはなかなか難しいですね。


さて、そんな花鳥風月ですが、
お客さんの中には、自分のご両親や、
久々に会うお友達などを
連れてきてくださる方がよくいらっしゃいます。
それは、とっても名誉なことだと思っています。
だって、自分の大事な人を連れて行くお店って、
本当に選ぶから。
今回京都で母と過ごす時間があり、
一緒に食事をすることができたので、
行く前からものすごく調べていきました。
二人で食事なんて、今度いつできるかわからないし。

そうして選んだお店は、ずっと昔からやっている
おうどん屋さんと、町家を改築した串焼き屋さん。
どちらもとってもおいしく、落ち着く佇まい。
私は、店構えって、ものすご〜く大事だと
思うんですが、どうでしょう。
なんだか、食べ物屋にすら見えないお店を
見かけることがありますが、どうなんでしょう。


母と一緒にごはんを食べながら、
久々にゆっくり話をしたり、
お父さんの話をして二人で涙ぐんでしまったり。
私達家族は、私が小さい頃から毎年二回、
春と秋に旅行にでかけました。
日頃私にさみしい思いをさせているから、
というのと、両親とも旅行が好きだったのとで、
日本中、いろんなところに行きました。
そして、いろんなところでごはんを食べました。
ホテルのレストラン、神戸のステーキ屋さん
、鎌倉のすてきな喫茶店、山の中にあるきれいな
ホテルのラウンジで食べたケーキとお茶、
北海道の食堂で食べたいくら丼や、
海沿いのお店で飲んだジュース。
もう三人で一緒にごはんを食べることはできないから、
それだけが何よりもさみしいけど、
私達にはたくさんの思い出があって、
そこにいる私達はいつまでも
しあわせそうにごはんを食べている。


だから、食べ物屋さんには、そういう
いつまでも記憶に残るような、
誰かの大切な思い出になりうるような、
そういう可能性と、責任があるって思うのです。
母と泣きながら食べたごはんのことも、
きっと大事な思い出のひとつになるのでしょう。
誰かのそういう思い出のひとつに、
花鳥風月が加わることができたら、
それはとっても光栄なことだと
思いながら、お客さんを見ている私です。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 06:59 | - | - |
ブログについて思うこと
こんにちは。ミキです。
すっかり秋になりましたね。
店主も私も体調を崩し気味です。
(何度か臨時休業してしまいすみません!)
体調管理には気をつけてがんばっていきたいです。


さて、いろんなお客さんのブログで
よく褒めていただいている
花鳥風月ですが、やっぱり、
たまにはいろいろ言われたりします。
納得できることもあれば、
納得いかないこともあります。
ブログって、こわいな〜とそういうとき思います。
こっちは顔も名前も出して、
何かあったら自分達が責任を負う覚悟で
仕事しているのに、言うほうは
名前も名乗らないのに店名ははっきり出したりして。
(でも、誰が書いているかは
こちらには分かるんですよね・・・)
お店の人もそれを読める、
ってことに考えはいかないのか、
それも承知なのか分からないけど、
思いやりがないことだな、と思います。
「お店」というものになると、
そこで働いている人も、自分と同じ普通の人間と
いうふうには思えなくなるみたいです。


それでも、花鳥風月を好きになってくれるお客さんは、
ちゃんと人として接してくれるから思いやりがあるし、
そしてとても素直だなあといつも思います。
こちらが提供したいものや、
どんな気持ちでこのお店をやっているか、
そういうものが、ストレートに通じるんだなあ、
と感じます。そして、
お客さんがお店というものに求めるものと、
こちらがお店というものに必要だと感じているものが
一致しているのだと思います。


例えば、クリーム系のスパゲティを出すとき、
注文したのが女性の方なら、
店主は少しクリームをゆるめに仕上げます。
クリーム系のものは時間がたつと固まってくるので、
女性やお子さんで食べる時間がかかりそうな場合は、
そうしたほうが最後までおいしく食べられるからです。
そしてコーヒーも、ミルクを使われる方には少し濃い目に、
ブラックで飲まれる方には、最後までおいしく飲めるよう
気持ち薄めに淹れています。


そういうことが、何も説明しなくても
感じ取れる人には、花鳥風月は
「すごくすてきなお店」と映るのだろうし、
全然伝わらない人には「よくある普通の店」
にしか感じられないでしょう。
だからひとつのお店をどう感じるかは、
本当は受け取る側の問題でもあると思います。
誰かも言っています。花を見て、美しいと思う。
でも本当に美しいのは、花を見て美しいと思う、
そのひとの心なのだと。


お店って、ただ物を出す、お金をもらうって
いうことだけじゃなくて、お店とお客さんの
エネルギーの交換のように日々感じて
いるのですが、帰るときに、ちゃんと目を見て
「ごちそうさま」と言ってくれるお客さんとは、
たとえあれこれ言葉は交わさなくても、
通じた!と感じます。そして、それが出来る人たちを
とてもすてきだと思う。
そういうすてきな人たちを見られることが、
お店をやっている喜びでもあります。
そういう人たちのために、なんとかお店を続けていきたい。


そのために、いろいろとお店としての
試行錯誤はあると思いますが、
何を言われても、平気です。
花鳥風月でのどんな改革や方針も、
自分たちなりの意味があることだし、
それによってお客さんから何か言われたり、
売上に影響があったとしても、
その責任を負うのも自分たちです。
それに、人として恥ずかしいことは、
何もしてないから。
一番大事なのは、そのことだけだと思ってるから。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 18:21 | - | - |
おいしいものには、すてきな器

こんにちは。娘の保育園の運動会の綱引きに出場し、
両腕の付け根がえらいことになっている、ミキです。
今朝ベランダに出たら突然、金木犀の香りが!
うれし〜い!またまたこの季節がやってきました。


さてこのたび、花鳥風月に
新しい仲間が加わりました。
ホットの飲み物用のマグカップ、
イッタラ社のティーマのものです。
色も3色。どの色がお手元にやってくるかは
お楽しみです。
ああ、かわいい。色も大好き。
本当は、お店を始めるときに
これを揃えたかったのですが、
予算オーバーで叶わず、
二年半目にしてやっと使えることになりました。


他のお店に行く度にいろいろと
ぶつぶつ言っている私ですが、
いつも残念に思うことのひとつに、
食器がつまらないこと。
いつもどこかで見たことのあるような、
業務用の食器が多いから。
しかも汚れてたりして。(驚きだけど結構ある)
そして最近、出てくる飲み物が
どうしても飲めない、ということが
多くなってきてしまいました。


先日出かけた先で時間があったので
お茶でも飲もうと思ったのですが、
いつも行くスターバックスがまだ開店していなくて、
迷った挙句、感じがよさそうに見えたお店に入って
コーヒーを頼みました。
注文してから一分もしないうちに出てきた
そのコーヒーが、一口飲んだら衝撃的に
まずくて、ううう・・・と
頭を抱えてしまいました。
ここで三十分ほど時間を潰す予定だったのだけど、
どうしよう、どうしてもこれを
もう飲む気にならない・・・。
なんか全部飲んだら体によくない気がする。
せっかくのひとりのお茶の時間が・・・。
(私にとって、ひとりでのんびり
お茶をする時間は、本当に、
何よりも大事であり、喜びなのです)


そんなふうにぐるぐるといろんな考えが頭をまわり、
「だめだだめだ、やり直し!」
という結論に達し、コーヒーはそのままに
わずか5分で店を出ました。
本当はそんな失礼なことはしたくないんだけど、
どうしても飲めなかった。
スプーン汚れてたし・・・。(なんで?)
スターバックスが流行るはずだ・・・と実感。
コーヒーが飲みたいときは、
もう自家焙煎の喫茶店か
スターバックスしか行きません!


そんな傷心で帰ってきた私に、
店主がお店で淹れてくれたコーヒーが、
おいしかった・・・。
二人で花鳥風月のコーヒーを飲むたびに、
「おいしいね〜」
「一体なんなんだろうね〜。
なんでこんなにおいしいのかね〜」
と感心してしまいます。
アホみたいですが、ほんとに。
それまでコーヒーなんてあまり飲めなかったし、
さほど興味も持てなかったのに、
今ではもうこやつに夢中です。
おいしいコーヒーって、全然苦くないんだな〜。
全国のコーヒー嫌いさん達にぜひ飲んでもらいたい。
以前も言ったことがあるけど、
コーヒーや、オリーブがまずいんじゃない。
苦手なんじゃない。
その人が出合ったコーヒーやオリーブが
おいしくなかっただけ。
どんな種類の食べ物、飲み物にも、
めちゃくちゃおいしいものから
それが嫌いになるほどまずいものまで
あるのです。きっと。
だから、その最初の出合いが大切。
花鳥風月に来てくれたお客さんが、
今まで嫌いだと思っていたものを
好きになるような、そんな出合いと驚きの場に
なることを願って、
自分達が本当においしいと思ったものだけを
これからも出し続けていきたいと思っています。
そして、それに値するだけの、
素敵な食器を使っていきたいです。
どちらも同じくらい大切ですからね。


| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 18:16 | - | - |
さみしくないお店
こんにちは。ミキです。
最近は自転車に乗っていると
くちなしのいい香りがします。
びわの木にびわもどっさりなっています。
うちのマンションの庭には
紫陽花がたくさん咲いています。
季節ごとの見所がたくさんあるものですね。


この間、お店が貸切り営業のため
お昼をその準備で休業することになり、
以前から行ってみたかったけど、
定休日が同じなためずっと行けなかった
お店に店主とふたり、ごはんを
食べにいきました。
そこはカウンターだけの天ぷら屋さん。
高級な感じじゃない、街の、
昔からやっている天ぷら屋さんです。


お昼時だったので数人がもうカウンターで
天ぷらを食べていて、
そこに並んで座ってメニューを
眺めていたら、初めての私達に
お店の方がおすすめを教えてくれました。
旦那さんと、奥さんと、息子さん
(もしかしたら息子ではなく
見習いさんかもしれない)の
三人でやっている様子。
旦那さんが見守る横で息子さんらしき人が
せっせと天ぷらを揚げて、
奥さんはごはんや天つゆやお茶を出して、
仕上げは旦那さんがする。


そうして目の前に置かれた天丼は作りたてで
つやつや生き生きしていて、
それだけで私は泣きそうになった。
こういうもの、私はすごく知っている。
私がずっと小さい頃から食べてきたもの。
生きてきた世界。
ちょっと油っぽい厨房。慌しいお昼の様子。
お客さんがただその食べ物に向かって
がつがつ食べている感じ。


天丼はおいしかった。
私は食べながらずっとお父さんのことを思っていた。
お父さんお父さん、お父さんがいなくなってから、
私は初めて、お父さんのごはんを食べているような
気持ちになったよ。
おいしいものって、こういうのだよね。
こういうのが、食べ物屋さんだよね。
いろんなお店に行くたびに、
違う。何かが違うっていつも思った。
いつもなぜだかさみしくなった。
それはなんでなんだろう、ってずっと考えてた。


それはきっと、自分が食べている様子を、
見守ってくれている人がいないから。
食べられる素材を使えば、誰だって料理は作れる。
人が食べられるものが作れる。
でも、それが仕事のためだけに作られて、
ただ注文した人のところまで
運ばれるだけだったら、
それはもう料理ではない気がする。
それを、誰にも気に留められないまま、
形だけかっこいいカフェの片隅で食べることは、
本当に泣きたくなるようなこと。
言い方は悪いけど、まるで餌のよう。
おいしく食べていてくれるかどうかなんて
見ていない。
だからお水がなくなっていても気づかない。
さみしくなって、一人でごはんを
食べたくないから出てきた外での食事で、
もっとさみしくなるようなことが
東京ではたくさん起こっているような気がする。


深く考えると泣いてしまうから、
ただ必死で、目の前の天丼を食べた。
どんぶりのごはんにさらに天ぷらも
どんどん揚がってくるので、
お腹ははち切れそうなんだけど、
この人たちが作ってくれたものを
お米一粒だって残すわけにはいかない、と
ひたすら食べた。
自分が食べている様子を、
お店の人が見守ってくれているのを感じながら。
そうやって食べていると、
カウンターに並んでいる知らない人たちが、
まるで家族みたいに感じる。
言葉は交わさなくても、同じ人が作ったごはんを
一緒に食べている。それだけで、
なんだかさみしくなくなる気がする。
そんなふうに、「ごはんを食べる」ってことは、
人にエネルギーを注ぎこむことだと思う。
お店のいい所って、そういうものだと思う。


お客さんのことをちゃんと見ていたら、
こうしてお茶がなくなったらすぐ注いでくれるし、
天つゆが少なくなったら声をかけてくれる。
そして本当に来てくれてありがとう、
って思ったら、こういう声になるんだよね。
一人ひとりの顔をきちんと見るのが
当たり前になるんだよね。
この人たちは、何年もず〜っと、こうして
自分のお店で、自分たちの作ったものを
食べていく人たちの顔を見ている。
そこには、形だけ整えた店には絶対に出せない、
何か大きくてやさしいものが生まれるのだと思う。
お客さんは、そこにいるのを
許されるような気持ちになるのだと思う。
椅子はちょっとがたがたして、
長年使っているだろう食器の模様は少しはげていた。
でもそこにいる間、
ほんの一瞬も、私はさみしくなかった。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 20:33 | - | - |
お店と出会うということ
こんにちは。ミキです。
最近ふと思ったことがあったので、
書きます。


今週は、お店の営業の都合で
二度ほど私ひとりの時間ができ、
どちらとも張り切って今まで行ってみたかった
街などにでかけてきました。
(この間のケーキ屋さんとか・・・)
本で見かけたお店や、私の好きな作家の
お気に入りのお店などを、
今しかない、と言う感じで回ってきました。
(うちと定休日が重なるお店が割と多かったので)


そして思ったこと。
こういうの、あんまり意味ないかも。
知らない街を、本や人の意見を頼りに
くるくる回るなんて。
結局、なんだかずっとさみしいような、
落ち着かないような気持ちで
過ごしただけでした。


最初ひと目見て、本当だったら自分では
入らないようなお店でも、
前もって調べて、そこを目指して来てるから、
「わざわざ調べてきたんだから」
「誰々がいいって言ってたし」
という理由づけをして無理に入ったり、
何かを買ったりしてしまうんだけど、
結局最初の印象が「違う」と思ったら、
それは違うんですよね。
こんなことしてると、自分の勘が鈍る気がしました。


よくよく考えてみれば、
私が素晴らしいと思っているふたつの
お店は、どちらとも偶然出会ったところ。
母に連れてこられたり、車でふと通りかかったり。
本当はお店との出会いも、人との出会いと同じで、
そんなふうに無理せず自然に出会うものなのかも。
(そういえば和三盆ロールを知ったのも偶然だ)
無理矢理会おうとするからだめなんだなあ。
大体人に当てはめてみれば、
好きになる人って、
必死で探さなくても自然に出会って、
理屈でなく好きになってしまうものな。


以前とあるカフェに行って、
『呼ばれもしない友達の家に
お邪魔しているような気持ちにさせられた』
と書いていたことがあるけど、
本当に、私のほうが知らない相手の家に
勝手に押しかけていたんだな、と思いました。
本当に好きでもないのに、
まわりの意見に左右されて、
期待だけして近づいた私が悪かった。反省。
今度からは、自分の直感を信じて、
本当に「ここは、なんだかいいかも」
と思えるところに出会うのを待つことにします。
どんなに有名な人がいいと言っていても、
自分が違う、と思ったら違うんだもん。
きっと自分の仲間、と思えるようなお店には、
自分が必死にならなくても、
ちゃんと出会わせてもらえるような気がします。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 20:30 | - | - |
お店の心意気
こんにちは。ミキです。
私の好きな和菓子屋さん、
叶匠寿庵(かのうしょうじゅあん)の
『和三盆ロール』は、
めちゃめちゃおいしいですね。
本当においしいものって、
最初の一口の衝撃が違います。
あー、食べたい。


先日の定休日、珍しく一人の時間ができたので、
前から行ってみたかった
ケーキ屋さんに行ってきました。
紅茶(アールグレイ)とロールケーキを頼み、
るんるん、と席についたのですが、
紅茶がなんだかおいしそうな気配がしない。
たぶんお湯の温度が低い。
おいしくないだろうなー
と思いながら飲んだら、
「まずい・・・」
とつぶやくほどおいしくなかった・・・。


紅茶って、おいしく淹れたら本当に
うっとりするような飲み物だけど、
上手に淹れてなかったら、こんなまずい飲み物はない、
っていう物に変身しますね。
一体どこへ行ったら、ふつうにおいしい
お茶が出てくるのでしょうか。
お店の人ももちろん悪気があるとは思えないので、
きっと、「本当においしく淹れたお茶」
というものをまだ知らないのでは・・・
と思ってしまう私です。
せっかくポットで、葉っぱでいれているのに
もったいない。
でも、紅茶みたいに繊細な飲み物は、人に
淹れるのを任せては味を維持するのは
難しいかもしれない。
味を知っている人が真剣に淹れるか、
人にやらせるにしても
きちんと淹れ方を徹底させないと。


と言うわけで、お茶が全く飲めず、
(おいしくないものって、どうしても
口に入らない)ケーキもおいしくなくて食べられず、
ケーキ屋さんに言ったのに
はらぺこで帰ってきました。
私のお金と時間を返してほしい・・・。
結局いつもこうなるんだな。


私の理想のお店とは、
ひと目見て、「なんかよさそう」
という佇まいで、
清潔できりっとしていて、
もちろん出てくる物は全ておいしくて
(メニューに当たりはずれというものが
あってはだめなのです)
働いている人が楽しそうで、うるさくなく、
椅子の座り心地がよいところ。
そして誇りと心意気があるところ。
東京以外では、ようやくふたつそういう店を
知っているのだけど、
東京では、まだ見つかりません。
(下北沢のチクテカフェは好き)
でも、どこかにはあるはず!と思い続けて、
そしていつもあんなようなことに・・・。


店員さんが食器を下げる音、
トイレの洗面台の水垢や
ハンドソープのデザイン、
出てくるお皿、お茶の温度。珈琲のミルク。
ちょっとしたことだけど、
そういうもののうちの何かが、
「ちょっと違うんだよなあ・・・」と
いつも思う。ちょっとしたことなんだけど、
本当はそういうちょっとしたところにこそ、
お店の心意気というものが
現れるのだと思います。
そこを「まあいいか」とするかしないかが、
いいお店とそこそこのお店の
違いではないでしょうか。


そしてお店には、今回の私のように
貴重なひとりの時間を、
わざわざ電車に乗って場所を調べて、
楽しみにしてやってくる
お客さんもいるのだ、
ということを知っていたいです。
その人の時間や、お金や、
楽しみにしていた気持ちという
ものを、奪ってはだめだ。
飲食店をするって、そういうことに対する
責任を取るような気持ちでいないと
だめだと思う。
誰かいいお店があったら教えてください・・・。
(ジャンルは関係なく、
そんな心意気を感じるお店)



| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 20:25 | - | - |
2周年、ありがとうございます!
こんにちは。ミキです。
先日の二周年は、たくさんの
お祝いの言葉やきれいな花束、
本当にありがとうございました!
うれしかったです。
花鳥風月は、しあわせなお店ですね。


どんなに強い理想や志を持っていても、
お客さんに繰り返し来てもらうことでしか、
お店というものは
続けていくことができません。
これからもたくさんのお客さんに、
繰り返し繰り返し訪れてもらえるお店に
なるようにがんばっていきたいです。


さて先日、「三鷹の森ジブリ美術館」に
家族三人で行ってきました。
ジブリ好きの私と娘、
ものすご〜く楽しみにしていました。
行ってみて驚いたのが、来館者がすごく多いこと!
こんなに人が並んでいるとは思いませんでした。
ちょっとしたアトラクション並みです。
それでも、美術館はすばらしかった・・・。


エントランスに掲げられた看板の


「ジブリ美術館は物語の入り口です。
物語の主人公になるには、カメラを
向けるのではなく、この空間をご自身の目で見て、
体で感じてください。
そして、思い出は心の中に大切に
しまって持ち帰ってほしい、これが
私達の願いです」


とあって、それを見ただけで
泣きそうになってしまいました。
言っていることが痛いくらい分かるから。
そして、それがなかなか伝わらない
もどかしさも知っているから。


そういう訳で館内は写真撮影、
ビデオ撮影、携帯電話の使用は
禁止されているのですが、
それでもやっぱり、人はそれらのものから
なかなか離れることができないのですね。
ネコバス(でっかいネコのバス。
こどもが乗ってあそべる)に
乗っている子どもの横で、
携帯の画面を見ているお父さん。
館内のカフェのメニューを、
こっそりカメラで撮っている男の子。


この美術館のチケットを取るのは
ちょっと手間がかかるし、
それでもわざわざこうして来ているのだから、
もちろん宮崎駿や、ジブリの作品のことが
好きなはずなのに、好きな人が
伝えようとしていることを、
なんで尊重できないんだろう、と不思議に思う。
一般常識とか、世間のルールとは別に、
尊敬する人、素敵だと思っている人の
言っていることの意図を
読めないって、鈍感すぎないだろうか。


すごい人だけど、自分の近くに
いる人じゃないから、
ないがしろにしていいと思うのかな。
私は、一生接することがないかもしれない
すごい人でも、そのひとからいいものを
もらっていると思ったら、
そのひとのことを尊重せずにはいられない。
人として、その人に対して
恥ずかしいことはしたくない。
相手からもらえるものだけもらうのって、
卑怯じゃないかなあ。


そして、人って「その瞬間を楽しむ」
ってことがなかなかできないものだなあ、
と思う。喜んでいる子どもの姿を
写真やビデオに収めたい気持ちって
すごくよく分かるけど、
本当は、その瞬間のこどもの表情を
じっと見つめることが、
いちばん贅沢なことだと私は思う。
後には残せないし、残しても仕方ない。
思い出としての写真はすてきなものだけど、
自分の心の中にしかないものだから
すばらしいのだと思う。
それは誰にも奪えないし、
一生無くすことはない。


そのときに見たもの、感じたもの、
味わったもの。それがすべてで、
それをきちんと実感することでしか、
本当のしあわせってない気がする。
写真を撮ったり、おみやげを
買ったりするのも私は好き。
だけど、いちばん大事なのは、
そこにいる瞬間を楽しむことだってことは、
いつも思っていたいです。


そして、花鳥風月でも、
お客さんがそんなふうに
過ごしてくれたらうれしい。
いつも心にあるのはそういう気持ち。
そして、そんなふうに記憶に
とどめたいと思ってもらえる
お店にしたいと願っています。




| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 18:49 | - | - |
おかげさまで2周年!
店主です。

6/3(日)で開業してから
2周年を迎えることができました!
みなさまのおかげでなんとか
ここまでくることができました(涙)。
ほんとうにありがとうございます!!


先日は家族三人でちょっとした
お祝いの外食を。2年くらいで一息ついては
いられないけれど、子どももすくすく育って、
常連さんも知り合いもいっぱい増えて、
好きな仕事をさせてもらえて、
今までの人生33年の内、この2年間は
特に素晴らしい毎日だったな・・・
としみじみしながら乾杯。


学校でも会社でも、特に取り得も特技もなく
失敗ばかりだったから、
自分は役立たずな人間なんだという
コンプレックスを持っていたけれど、
お店を始めてから、お客さんに
褒めて頂けるようになって、
なんだかやっと自分の人生が
スタートしたような気になりました。


これからも、より深く勉強して
美味しい物をたくさんお客さんに伝えていきたいし、
そして、しっかり働いて家族を幸せにしたい、
と心に誓う夜でございました。


今まで花鳥風月を訪れてくれた
全てのお客さん、ありがとう!
そして、これから訪れてくれるお客さん、
楽しみに待ってます!!



| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 18:46 | - | - |
消えていくお店
こんにちは。ミキです。
さて、私が高円寺に来てとても驚いているのが、
お店(主に飲食店)がどんどん
入れ替わっていくことです。
昔からずっとあるようなお店が
閉店したかと思うと、すぐに次のお店が決まり、
出来たと思ったら一年もしないうちに
また閉店していたりする。
こんなにお店の入れ替わりが激しいのを
目の当たりにするのは初めてです。
まだ二年ぐらいしか住んでいないのに。
そして、どんなお店も、
終わってしまうのを見るのは
本当にさみしいです。
たとえそのお店に行ったことがなかったとしても。


閉店する側の事情はそれぞれにあると思うけど、
跡取りがいなくてやめる、というのとは違って、
そうだろうなあ・・・
長くは続かないんじゃないかと思ってたけど、
といったお店がなくなるのは、悲しいと同時に
なぜお店をやったのかなあ、
という疑問も感じてしまいます。
もちろん、続けたくてもある程度の
儲けがなくてはどうにもならないけど、
本当に、長くここでお店をして生きていきたい、と
思って始めたのかなあ、
と勝手に考えてしまいます。
こんなにあっという間に終わってしまうなんて、
お店がかわいそう・・・と感じてしまいます。


自分が「これをみんなに食べさせたい」
という信念があって、ここで、自分の店を
持って生きていくんだ、という
心意気を感じるお店がすごく
少なくなってきているように感じます。
昔とは違って飲食店は山ほどあるし、
ましてや東京だからもっと安く、もっと便利に
チェーン展開しているお店がどんどん
できるから、中途半端なお店をやっても
やっていけないはずなのに、
やっぱりお店というものが魅力的なのか、
新しいお店が次々にオープンしていきます。
でも、理想だけを追い求めても利益がでなくては
続けられないし、かといって
儲けることだけを考えたお店なんて
魅力がないし。
お店をやっていくというのは、
本当に難しいなあ・・・と日々感じています。


私は今子育て中だから余計にそう感じるけど、
お店でおいしいものを食べたり、
お茶を飲んでゆっくりぼんやりする時間
というのは、絶対に必要だと思う。
おいしいものを食べること。
じっくりと、自分だけの時間を持つことは、
生きていく上でどうしても、
なくてはならないものだと感じています。
だから、それに見合うだけの
価値があるお店でありたいといつも思う。
お店というのは、そういう一人ひとりにとって
大事な自分だけのための時間を持つ
場所であったり、家族や友人と楽しい時間を
持てる幸せを感じられるところでもあると思う。
それを邪魔したくないし、その時間をできる限り
すばらしいものにしたい。

人の心の中で何が起こっているかは
外からは分からないけど、
花鳥風月にきたお客さんの心の中で、
なにかいい事が起こってくれていたらうれしい、
といつも願っています。
そしてそれが少しでも実現できているなら、
これからもお店を続けさせてもらえるんじゃないか、
とも思っています。
どうかこれから新しくできるお店も、
「こういうお店がほしかった」って
街の人たちに喜んでもらえるような、
そういうお店であったらいいなあ、
と願っています。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・お店 | 18:40 | - | - |
あるお店で感じたこと
こんにちは。ミキです。
先日の定休日、私は一人で出かけてきました。
一人だけで出かけることは
めったにないので、どこかで
ゆっくりお昼ごはんを食べようと
楽しみにしていました。


そうして入った一軒のお店。
料理がおいしくて、
人気(らしい)のカフェです。
知らなかったら分からないような場所にあって、
全部ばらばらなテーブルと椅子、
カウンターにずらりと並んだお酒のびん、
お洒落なバイトの女の子。
お昼のセットを頼んで、席でひとり待ちます。
普通に灰皿が置かれているし、
そんなに広くはないお店だから
禁煙席などないのでしょう。


お料理はとってもおいしかった。
出来立てで温かかったし、量も充分。
ただセットについている飲み物は・・・。
紅茶を頼んだけど、(お店の飲み物に対する
考え方をはかるのは、紅茶を頼むのが
一番分かりやすい気がするから)
今まで散々味わってきたのと同じ、
ティーバッグの、色だけついた
薄いお茶でした。


初めてやってきた
(そしてもう来ないだろう)お客が
あれこれ口出しすることじゃないし、
ここはここでいろんな人たちに
好かれているのだろうけど、
そのお店にいる間、私はとてもさみしかった。
ひとりでお店で過ごすことは好き。
人目が気になることもないし、
落ち着いてくつろぐことができる。
でも、心から落ち着けるお店は、
本当になかなかない。
それを求めて放浪しています。常に。
(今のところは、実家の近くにある
すばらしいケーキ屋さんと、
旅先で訪れたカフェだけ)


今までそんなふうに思ったことは
なかった気がするけど、
清潔であることって大事。
お店がきれいってことは、誰かが目を配って、
手をかけてるってことだから。
それは、お店が愛されてる証拠だから。
誰かにきちんと愛されていないお店は悲しい。
どんなにお花がかわいらしく生けてあっても、
花びんが曇っていたら悲しい。
窓からの景色がすばらしくても、
窓の桟にほこりが積もっていたら悲しい。
なんだか、呼ばれてもいないのに
知らない人の家にお邪魔してしまった
ような気持ちでずっといました。
誰にも歓迎されていないような、
場違いなような。
バイトの女の子は別に特別
感じが悪いわけでもないし、
大きな不手際があったわけでもないけど、
自分がもてなされている感じがしなかった。
たくさん来るお客さんのひとりにすぎない、
自分がつまらない人間みたいに思えた。


お茶はたとえティーバッグでも、熱湯で、
ちゃんと蒸らせばおいしくなる。
本気でいれてくれたお茶はちゃんと分かる。
たまにしか一人で外食なんてできない
私みたいな人間にしたら、ちょっとお金がかかっても、
食後にはおいしい飲み物を飲みながら
ゆっくりしたかった。
選択の余地のないセットの飲み物が
いいかげんに淹れたあったら、
本当に悲しくなる。
こういう飲み物を出すたくさんのお店は、
「お茶を飲む」っていう時間をどういう風に
とらえているんだろう。食べ物屋さんなのに、
本当に、食べることや飲むことを
大事に思っているのかな。
もうカフェや、ランチのセットに
そういうものを求めること自体が
間違っているのかな。
私がいちいちこだわりすぎるのかな。


でも、だからこそ、花鳥風月では、
常にどんなときでも料理、飲み物共においしい、
本気でつくったものを出し続けたいなあ、と
強く思いました。
毎日きちんと掃除をして、お花を生けて、
どんな人も自分の家に大切なお客さんを
迎えるような気持ちで。
お店に来てくれた人が、
悲しくなったりしないように。
いろんなことをあれこれ気にせず、
心からくつろぐことができるように。
余計なことはしなくていいけど、
足りないことだけないように。
その気持ちに、自分やお店がまだ
追いついていないかもしれないけど、
そういうものを目指し続けることだけは
忘れないようにいたいと、
また改めて思ったのでした。



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