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花鳥風月通信

自慢のおいしいスパゲティ
高円寺「花鳥風月」の公式ブログ
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かわいい娘
店主です。


娘も3才になり、
かわいさを増してきております。
現像からあがって来た写真は、
娘&私の写真ばかり。妻は怒っております。


娘はいつも、僕が遅くに帰った時でも、
寝室から出てきて会いに来てくれます。
まあかわいいのなんのって。

そして言うことといえば、
「おとーさん、ちゃんとおふろはいってー、
パジャマきてー、ごはんたべてー、はみがきしてー、
ねんねすんだよ」


あ〜、こどもっていいなあって
心から思いました。
楽しく仕事はさせてもらっているけれど、
頭の中はいつも何かでいっぱい。
だけど、こどもの心は不要な何かに
支配されていないのだなあ。


その瞬間だけは、おとーさんだけをじっと
見つめてくれているんだなあと感じることができて、
ただただ嬉しく思いました。


確かにこどもの世界は狭い。
おとーさんと、おかーさんと、
あとは保育園の先生とともだちくらい。
そんな狭い世界のなかで、
いつも泣いたりわらったりしている。
その全力さが、なんともかわいらしいと思いました。


さて、明日もまた、がんばります。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 20:37 | - | - |
夜桜
店主です。
この度は急にお休みをすることになり、
お客様にはたいへんご迷惑をおかけしております。
誠に申し訳ありません。
明日(3/31)からは通常通り営業いたしますので、
皆様のお越しを心よりお待ちしております。


※以下、お休みの言い訳とその様子の
一部でございますが、よろしければお読みください。


娘がインフルエンザから復活したかと思いきや、
今度は妻にうつってしまいまして・・・
元気あり余る2才の娘と病人だけを
家に置いておけず、このような状況になりました。
なんとか週末には、妻にも元気で
頑張ってもらわねばならないので、
平日にしっかり休んで、
早めに直そうという決断になりました。


昨日は、夕方3人で家に帰り、
すぐさまミキはダウンだったので、
私が娘のお世話&看病をすることに。


私「おかあさんお熱でちゃったから、静かにね」
ひ「なんでお熱でちゃったの?」
私「なんでって、ひなちゃんのがうつったんじゃない?」
ひ「なんで?」
私「・・・そんなことより、トム&ジェリー見よ!」


ちなみに、定休日にひなこがインフルエンザで
熱を出しているときの会話↓
私「おとーさん、ひなちゃんと遊びたかったな〜」
ひ「そっか、遊べなくてごめんね」
私「うん」
ひ「おとーさん、おかーさんと遊んでていいよ。
ひなちゃんお熱あるから。ほらパズルしな」
私「パズルか・・・」
ひ「おもちゃ嫌いなの?」
私「嫌いっていうか・・・」
ひ「なんで?」


みたいな感じだったな。


僕らの夕食はハンバーグやら納豆やサラダ、
そしてひなこの好きなソーセージ。
ミキにはうどんを作りました。
食事後もとにかくひなこは元気でうるさいので、
夜の散歩に行くことに。
雨の降りそうな風の中、二人で
夜桜をみながら歩きました。
ひなこはどうやらお月様が好きなようで、
いつも見つけては微笑んでいます。
桜の木を指差して、「いっぱいかわいいね!」
とも言っていました。
コンビニでジュースを買って帰っても
まだ遊び足りず、さらに3輪車で
深夜ドライブを楽しんで、
お風呂に入ってジュース飲んでビデオ見て、
突然「寝る!」と言ってぐっすり眠りました。


本当にお客様とミキには申し訳ないのですが、
ひょっとしたらこの夜一番楽しい思いをしたのは、
僕だったかも知れませんね。
怒られてしまいそうですが・・・
まだミキも完調ではありませんが、
しっかり治してがんばりますので、
今後とも花鳥風月を
どうぞよろしくお願い致します。
| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 18:37 | - | - |
一年たちました
こんにちは。ミキです。
今日で、父が亡くなって一年がたちます。
あっという間の、そして私の人生にとって
はずすことのできない、大事な一年間でした。
私事で恐縮ですが、今日は父に向かって
手紙を書くようなつもりで
書かせてもらいたいと思います。


お父さん、元気にしていますか。
そこから私が見えるかな。店主とひなこと三人で、
大変だけどしあわせに生きているのが見えるかな。
この間、テレビで辰巳芳子さんの番組を見ました。
その中で、病気になった人のためにつくる、
にんじんのスープというものが出てきました。
にんじんをきっちりと五ミリ幅に刻んで、
野菜を炒めるときの湯気も決して逃さず、
丁寧に丁寧に作るその様子は、
料理というものに形を変えた、祈りのようでした。
漉されてとろりとしたそのスープは
すごくおいしそうで、
食べた人たちも目を見張っていました。


お父さんに、こんなの
食べさせたかったなあ・・・って思った。
その頃、まだ辰巳さんや、そのスープのことを
知らなかったし、病院に入院することになって、
もう決まったものしか口にできないんだって、
そう思ってしまってた。
でも、本当にそうだったのかな。
最後の最後に、家族が自分のために作ってくれた、
本当においしいものを
口にしたかったんじゃないかな。


一度帰ったときに作っていった
チョコレートケーキを食べてもらうのを
諦めてしまったけど、なんで
諦めてしまったんだろう、って
今になってすごく思う。
その頃のお父さんは苦しそうで、
食べる楽しみというものからも
遠ざかってしまっているように思えて、
自分の作ったものを食べてもらいたいなんて、
私の自己満足のような気がしてしまった。
でも、一口でもいいから、食べてもらったらよかった。
もし食べられなくても、見るだけでも
お父さんはうれしかったんじゃないかな。


好きだからこそ、ずっと心の中で
いつか別れがくることを覚悟して生きてきたから、
お父さんと一緒にすごしてきた年月や、
交わしてきた言葉に後悔はないけど、
最後に、祈るような気持ちで作った、
本当にしみじみとおいしいものを
食べさせてあげることができなかったことだけは、
本当に後悔してる。
毎日毎日、自分の家族や、たくさんのお客さんたちに
おいしいものを作り続けてきた人の最後の食事が
病院で出される味気ない一皿だったなんて、
そんなことあってはいけなかった。
ごめんね。本当にごめん。
どうしてそんなことが分からなかったんだろう。


お父さんのお見舞いに行って、眠っているお父さんの
手を握りながら、いろんなことを思いました。
お父さんは、この手で小さい私や
お姉ちゃんを抱っこしたり、
お母さんと手をつないだり、車を運転してでかけたり、
ゴルフをしたり、おいしいものを
たくさん作ったりしたのに、
もう、その全部ができなくなったんだ。
そういうことのすべてが、もう終わってしまったんだ。
そう思うと、涙が後から後からぽたぽた落ちた。
お父さんは、一瞬目を開けて私を見たけど、
また目を閉じてしまった。
冬の病室は暖房がきいて暖かく、しんと静かで、
私のあげたハーブのアイピローで、
病室中がラベンダーのやさしいいい匂いがした。
悲しい場面のはずなのに、私の中では、
温かい、きれいな思い出みたいに残ってる。


あれから、私は毎朝ベランダに出て体操しています。
朝の空気の中で深呼吸して、その度に、
私は今生きていて、どこも痛くないし、
思い悩むようなこともない。
だから何だってできる、まだまだ、
いろんなことができるんだってことを
確認するの。
私にできるのは、これからの残された時間に、
できるだけ、したいだけのことをすること。
家族に、おいしいものを作り続けること。
お父さんがいたらよかったって思うことも
たくさんあるけど、お父さんがいなくなってしまったから
分かったことがたくさんあるよ。
またいつか会えるときまで、いろいろやってみる。
私の夢をかなえるとこも、そこからゆっくり
見学していて下さい。
見学しがいのある人生にしてみますから。
それは派手な、波乱万丈な人生ってことでは
もちろんなくって、人として恥ずかしくない、
自分にうそがない人生ってことだからね。
では、またね。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 19:49 | - | - |
こどもを預けて働くこと
こんにちは。ミキです。
今朝、みんなで自転車で保育園に向かっていたら、
突然、沈丁花の匂いがしてきました。
金木犀の次に私の好きな香り。私のイメージでは、
金木犀はふんわり甘くてやさしい感じだけど、
沈丁花は、清々しくてきりっと高貴な感じ。
どちらも胸がきゅんとする香りです。
店主とひなこと三人で鼻を
くんくんさせながら運転しました。
雪が降らないのは残念だけど、
春がくるのはうれしいことです。


さて、先日は父の一周忌ということもあり、
お休みを頂いて実家に帰って参りました。
母と姉一家、途中からは店主も加わって、
賑やかに楽しく過ごしてきました。
ひなこもいろんな人が一緒に遊んでくれるので
幸せそう。こちらもずいぶん楽できました。
(誰かが子どもを見ていてくれるって、
本当に本当に助かる)


そうして東京に帰ってきて、明日から仕事という晩、
ひなこを膝の上に乗っけてのんびり食後のお茶を
飲んだりしていたら、むしょうにさみしくなって
泣きそうになりました。
(なんか私、泣きそうになってばっかり)
いつもは保育園に行っているひなこも、
お休みの間はずっと私や店主と一緒に
いられて楽しそうだったけど、
私も同じくらい楽しかった。
毎日毎日、朝はのんびり寝て、
三食一緒にごはんを食べて、
温泉に入りに行ったり、買い物に行ったり。
ただ一緒にいるってことが、
本当に贅沢なことだと今は思います。


お店を始めるまで、ひなこが生まれて
一歳になる頃までは、毎日一緒でした。
朝から晩まで、外食するのも、お店の
物件探しも、引越しも、どこへ行くにも一緒。
保育所も決まって、明日からはひなこを預けてお店を
オープンするという日の夕方、
お昼寝から目覚めたひなこが私を呼びました。
(その頃はまだしゃべれなかったから、
うーとかあーとか、そんな感じで)
ひなこを迎えにベッドの側まで行って、
そのにこにこしている顔を見ていたら、
さみしくてさみしくて、私はしくしく泣いてしまいました。
今までずっと一緒だったのに。
毎日毎日、朝から晩まで、いやでもなんでもずっと。


預けることは、何度も何度も考えて決めたこと。
幸いあまり人見知りもしないので大丈夫そうだし、
あまり大きくなってから生活ががらりと
変わってしまうより、覚えていないくらい小さい頃に
「お店をやって生きていく」という
私たちの生活の基盤を築くほうがいいと思ったから。
それでも、ごめんね、って思った。
これが私たちの生き方だから、そんな私たちを
選んで来てくれたんだから、
あやまることじゃないとも思っているけど、
普通のお母さんみたいに
してあげられなくてごめん、って
やっぱり思ってしまった。もし仕事をしなかったら、
三歳くらいまでは、ずっと一緒にいられるのにねって。
ひなこのかわいいところ、たくさん見逃すかもしれない。
ひなこにさみしい思いもさせるかもしれない。
それでも、こうすることに決めてしまったから、これで
がんばっていくしかないんだよね。


子どもを預けて働く母親のことを、
よく思わない人もいるけれど、
私も、一緒にいられるならいるのがいいだろう、
って思うけど、私に言えることは何にもない。
だって、子どもを愛してるお母さんなら、
子どもを預けることに悩まなかった訳がないから。
いろいろ考えたり悩んだりして、
その上で決めたことだから。
一緒にいられるならいたい。
でも、働かなくちゃいけない場合だってある。
そのことが、その子のためになる場合だってある。
私は今の仕事が好き。そして好きなことを
している姿をひなこに見せたい。
だから明日もがんばります。
ひなこに自慢してもらえるようなお店になるように。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 07:00 | - | - |
お父さんの夢
こんにちは。ミキです。
この間、お父さんが亡くなってから初めて、
お父さんの夢を見ました。
実家のお店の厨房で、二人で何か
料理をしている夢でした。


目が覚めたとき、お父さんと一緒にいるときの感覚を
リアルに思い出してしまって、胸が痛くて泣きました。


あの厨房の隅っこの台に座って、
お父さんが料理を次々に
作っていく様子を見ながらおしゃべりしたい。
もう何をどう作ったって
おいしくしかなりようがない、
同じ物を何年も作り続けてきた慣れた手つき。
手際よくお肉や海老に衣をつけたり、
野菜をこんもりと
お皿に盛り付けたり、ポークソテーの、
たまねぎがたくさん入った
自家製のしょうがのソースをじゃっと
フライパンに加える、うっとりするような
いい匂いに包まれて、何度も何度も繰り返し見た光景。
小さな厨房でくるくる動きまわりながら、
お父さんは毎日忙しそうに料理を作り続けて、
私はその様子を毎日見ながら大きくなった。


私が朝ごはんを食べているときの、
お父さんの髭剃りの音、
仕事の後には、お母さんと一緒に
お酒とちょっとした肴を用意して
お店で飲んでいて、私もそこにいれてもらったこと、
どこかに出かけるときは、お父さんが
先に車に乗ってエンジンをかけて待っていて、
お母さんと私が準備や戸締りをして、
いそいそと玄関に向かうあのわくわくした感じ。
そういうものがいっぺんに思い出されて、
そのすべてがもう
終わってしまったことが悲しかった。
この年になっても、お父さんの前では
私は最後まで小さな子どもだった。



この間、お店の休憩時間に
ひなこをお店に連れていきました。
ひなこもお店が好きで、迎えにいくと
「お店行きたいの」としょっちゅう言います。
(お店に行くと余ったデザートや
アイスミルクティーをもらえる
からじゃないかな・・・)
「いらっしゃいませ〜」と言いながら
お店に入っていくひなこ。
なんか違うけど、まあよい。
ひなこもやっぱり厨房に興味があるらしく、
まず厨房に入って冷蔵庫を開けたり
流しを覗いたりしています。
この前は店主がトマトソースを仕込んでいたので、
大きな鍋に玉ねぎを炒めているところでした。


「見たい!見せて〜」とひなこが言うので、
店主がひなこを抱っこして、
片手で抱きかかえながらもう片方の
手でたまねぎをかき混ぜている様子を
少し離れたところから見ていたら、
なんだか泣きそうになってしまいました。
それが、本当に幸福な光景に見えたから。
そして、これから店主とたくさんの思い出をつくって
いくだろうひなこのことが少しうらやましかった。
ばかみたいだけど、もう自分も充分持っているんだけど、
ただそのことだけが「いいなあ」と思ってしまった。


子どもが一緒だと、
なかなか仕事ははかどらないんだけど、
それでもやっぱり店主は幸せそうに見えた。
自分の子どもが、自分の仕事に興味を持って、
それを見せてあげられることが。
かわいい小さな子が、仕事の合間に
自分の腕の中にいることが。
そんなふうに、小さい私が
お父さんを幸せにしたことだけを祈る。
どうか私が幸せだったみたいに、
小さい私がお父さんを
幸せにしましたように。
わたしにとってお父さんと
厨房で過ごした時間が宝物であるように、
お父さんの中でも、その時間が
かけがえのないものになって、
いつまでもお父さんの心の中で
輝いてくれますように。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 18:23 | - | - |
こどもと一緒に
こんにちは。ミキです。
娘のひなも、もうすぐ三歳。
今の彼女のお気に入りは、
ジブリのアニメ「ハウルの動く城」。
テレビでやっていたのを私が録画していて、
ずっと見たいな〜と思っていたのですが、
小さいこどもがいて、一応仕事もしていて、
じっと二時間、一人で映画を見るだけの
時間というのを作るのが、無理。
仕方ないのでひなこと一緒に見てみたら、
意外にも大人しく、じっと見入っている。
所々で、「あれなんだ?」
「おもしろいね!」と好反応。
あれっ。一緒に見られるじゃん!


しかしそれから、ひなこの「
ハウル見るの」「ハウルは〜」の
日々が始まったのでした・・・。
ビデオに録画していたのですが、
気に入ったようなのでお年玉でDVDを買ってあげると、
寝ても冷めてもハウルです。
朝もあんなになかなか起きなかったのに、
ハウル見たさか一人でとことこ起きてきます。
当然私たちも毎日鑑賞です。
せりふも、もうばっちり。
しかも途中で見るのをやめても、
もう一度見始めるときは毎回最初から。
最初のとこばっかり見せられます。
でも、こんなにも繰り返し見ているのに、
意外にも全然見飽きない。
宮崎駿って、すごいな〜。


しかしこの間DVDデッキの調子が悪く
動かなくなってしまい、(見すぎたか?)
仕方ないので、私の秘蔵ビデオ
「天空の城ラピュタ」を見せることに・・・。
私はラピュタが一番好きで、
始まりのとこなんて好きすぎて胸が痛いほど。
だからあまり繰り返し見て飽きたくなかったので
隠しておいたのでした・・・。
が、いまは「ラピタン見る」
「ラピタンがいい」の毎日です。
(ラピュタ、が言いにくいご様子)
ちなみにハウルとパズーでは、
ハウルが好きだそうです。


意外に思ったのが、子どもって、
割ともう小さいうちから
ちゃんと一人の人間らしいなあ、ってことです。
もちろんそのつもりで育ててきたのですが、
一緒に映画を見たりできるなんて、
もっと小学生くらいにならないと無理だと思っていました。
でも、会話もすっかり普通にできるし、
たまにクラスメイトと話しているような気分になります。
夕ご飯を食べ終わって一緒にハウルやら
ラピュタやら見ているときは、
「ねーねー、おやつ食べなーい?」
と提案してくるので、
「いいね〜。食べようか」と私がお茶を淹れて、
私はほうじ茶、ひなこもお水で薄めて
少し冷ましたほうじ茶を飲みながらおやつです。
(ちゃんと「あったかいお茶ね」と要求してくる)
好きな映画なんかを、お茶とおやつを
食べながら見るのって、すっごく楽しいけど、
ひなこもその楽しさがちゃんと分かってるんだな。


私がテレビを見て感動して泣いてるときなんかは、
(これしょっちゅう)
たんすから小さいタオルを出してきて、
私の涙をふきふきして、「はい、これもどうぞ」と
ぶたのぬいぐるみを渡してくれて、紙とペンをもってきて、
「これにアンパンマンでも書きな」とおかあさんのように
やさしく言って、背中をとんとんたたいてなぐさめてくれる。
 

もちろん、まだまだお世話は必要だけど、
こどもって、本当にただお世話しなきゃ
いけないだけの存在ではけしてない。
家族のメンバーが一人増えたっていう、すごく
心強い感じがする。一緒に何かを
楽しむこともできるし、
意見を聞いたらちゃんと返ってくる。
だから、理不尽な怒り方をすることももうできない。
私がいらいらしてしまって怒ったりすると
(情けないけど、これもしょっちゅう)
「お母さんおこんないで」
「ひなちゃん、これやってから
行こうと思ってたんだよ」と
きちんと落ち着いて言うので、
「そうだね。・・・怒ってごめん」と
謝らないといけない気持ちになる。
相手は小さいけど、同じ人間だから、ごまかせない。
こどもに怒ることって、ほとんどが
こどもの問題というより自分の問題なんだよね・・・。


こどもがいることで、どうしても自分の時間を
分け与えなくてはいけなくなるけど、もう、
一緒にいる以上は楽しくやりましょう、と
思ってやるとなかなかいいのかも、と最近思います。
こどもだからできない、楽しめない、ってことは、
本当は大人が思っているよりも
ずっと少ないのかも、とも思うし。
次はみんなでキルフェボンでケーキとお茶を
したいな〜と思っているミキでした。
(もちろんひなこにも、
好きなケーキと飲み物を選ばせます!)



| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 06:53 | - | - |
ひなこの将来
こんにちは。
最近何かしら歌を歌っている娘、ひなこ。
「さいたさいた」「ぞうさん」などを
楽しげに歌っているのを聞いていると、
ついつられて一緒に歌ってしまい、
「しないっ!ひなちゃん!」と
娘に口を塞がれているミキです。


先日、保育園の運動会がありました。
ひなこは4月生まれで、クラスの中では
一番大きいということもありますが、
クラス別に踊りを踊るとき、
緊張のためか突っ立ってしまう子どもが多い中、
一人ノリノリで、楽しげに
踊りまくっていました・・・。
その様子がおかしくっておかしくって、
保護者席で爆笑していた私と店主。
私は笑いすぎて泣いてしまいました。
ハンカチで涙を拭きながら、ああ、
これじゃあ娘の成長に感涙してるお母さんみたいに
見えちゃう・・・と余計な心配をしてしまいました。


そんなひなこを見ていると、ひなこは
私たちの娘だけど、やっぱり
全然違う魂が入っているんだなあ・・・
と感じます。
私も店主も保育園が大嫌いで、
いやがって泣いてた覚えしかないのに、
ひなこは夕方迎えにいってもなかなか
帰りたがらないほど保育園を満喫している様子。
おもしろいなあ、ひなこって
すごいな〜といつも思います。


今の保育園は、お店から近いのと、
見学に行ったときにとてもきれいで広々としていて、
大きい園庭があったので決めました。
私は基本的に、小さい子にあまり何かを
学ばせたりしたくありません。
小さい子は、ただ、毎日好きなことをして、
遊んでいてほしい。
だから、あまり受験というのもさせたくない。
受験するとなったら、受験に向けた
勉強が必要になるし、そうなると子どもに無理にでも
何かを教えたり、遊びをやめさせたり
しないといけなくなる。
子どもはおかあさんが大好きだから、
おかあさんが喜ぶためなら
すごくがんばってしまう。
「この学校に入っておけば、後が楽だから」
っていう親心も分かるけど、私にはどうしても、
子ども時代でしかできないこと、
っていうのがあって、それは後になってからでは
なかなか取り戻せないんだっていう気が
してならないのです。
大人みたいに、こっちを先にやっておけば
後が楽、っていうやり方ではなくて、
子どもが大きくなる過程というのは、
絶対に決まった順番があって、
その段階をきちんと踏んでいくことが
大切なんじゃないかと思うのです。


私は、自分が今幸せだから分かる。
幸せっていうのは、自分が自分であること。
そこに無理や、ごまかしや、違和感がないこと。
周りの評価は関係ない。
ただ、生きてるだけで幸せを
感じられるような状態であること。
幸せな人は、お金があっても、
お金がなくてもどちらでもしあわせ。
私も店主も、ひなこがどんな人生を
歩んでも構わない。
ただ、幸せであってほしいと思う。
そして、どんなことに幸せを感じるかは、
たぶんひなこ本人にしか分からない。
子どもは親の前では本当の自分は見せないものだし、
子どもの幸せの形を、
親が決めていいものでもないから。


そして子ども時代というのは、
そういう自分にとっての幸せを知る、
大切な期間だと思うのです。
子どもは、いやなことはやらないから。
大人になったら、いやでもなんでも
しなくちゃいけないことは
たくさん出てくる。だから、
そういうことがないうちに、
好きなことを好きなだけしてほしい。
(あ、でもゲームをやりすぎるって
いうのは違う気がする・・・。大人でも
ゲームはなかなかやめられないから
子どもに好きにさせるのは恐すぎる)
そこに、自分の生まれてきた意味や、
将来、どうやって生きていくかの
ヒントがたくさん隠れてるはず。
子ども時代のことを、大きくなるにつれて
忘れてしまっても、そのときのことはずっと
心と体の記憶に残って、いつか自分が将来について
悩んだ時に助けてくれるって私は思ってる。
だからできるだけ、その邪魔はしたくないな、
と思っているのです。
勉強できることなら、後になったら
取り返せないようなことは
別にないと思っているし、ただ、ひなこが将来
何かをしたいと思ったときに必要なお金くらいは、
がんばって貯めておかなきゃな、とか考えています。


私も店主も、子どもが世話を必要とするのは
12歳くらいまで、あとはもう大人みたいなもの、
って思っているから、(もちろんちゃんと
大人になるまでは経済的な援助はするけど)
そんな二人を両親に選んできた子だから、
きっと自由にいろいろ
やりたいんじゃないかな〜と
勝手に推測しています。
なんか、何するのか楽しみ。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 06:45 | - | - |
家族の外食

こんにちは。ミキです。
定休日の昨日、店主と新宿にでかけました。
そして新宿高島屋の「鼎泰豐(ディンタイフォン)」
でランチを食べたのですが、
なんかもう、びっくりしました!
何がって、子どもにゲームを
させてる親が多いことに!
家族で外食に来ていて、食べ終わった子どもは
携帯できる小さいゲームで
遊んでいて、親は親で黙々と食べてる。
私たちのすぐ後ろの席では、ゲームをしている息子
(小学校低学年くらい)の口に、
お母さんが杏仁豆腐を運んでる。
一体いつから、そんなことありになったの?
いつからそんな、なんでもありになっちゃったの?


これは、子どもがだめというより親の問題。
親が外食の仕方を教えなかったら、
誰が教えるの?なんで家族で外食してるのに、
そんなばらばらなの?
会話がないならないでもいいじゃん。
せっかく家族で出かけてるのに、
家族と向き合わなかったら意味ないじゃないですか。


家族で外食なんて、子どもにしたら
すごいイベントなのに、
これじゃあうちにいるのと変わらない。
見た感じそうは見えなくても、
もしかしたら子どもにしたら外食もできて、
その後はゲームなんかもしちゃって
至福なのかもしれないけど、
お店屋さんでそんなことしちゃだめって、
どうして大人が教えてあげないの?
家族のあり方に勝手な口出しはできないけど、
お店でゲームをしてるのは、失礼だと私は思う。
お店の人にも、一緒に居る人たちにも。
子どもだってそういうルールは
守らなくてはいけないし、
守れないなら外食したらだめだと思う。


もし、私と店主がひなこと一緒に外食していて、
ひなこが一人でゲームをしてたら、
すっごく悲しい。そりゃ大人はその間ゆっくり
話もできて楽かもしれないけど、
でも、それは違うって思う。
面倒なのも、大変なのも、気まずいのも、
全部ひっくるめて受け入れるのが
家族じゃないのかな。
ゆっくり食事を楽しみたいなら、
子どもがいないときにしたらいい。
でも家族で外食するなら、
子どもがゲームをしたがっても、
食事の間だけは我慢しなさい、
って言ってあげてほしい。
だってそれは、家族の時間だから。
一緒の時間を分け合うことが、
家族で過ごす意味だから。


うちの両親は、私が小さい頃からよく旅行に
連れて行ってくれたので、外食もたくさんしました。
普段は普通に、店(実家はレストラン)の
残り物を食べているような質素な食生活だけど、
旅行のときや、お出かけするときは
いつも好きなものを食べさせてくれました。
お店では、父も母も「
なんでも好きなものを食べていいよ」って
言ってくれて、それがとてもうれしかった。
どれがいいかなあ、って悩んだり、
父が頼んだ物がすごくおいしそうで
変えっこしてもらったり、母が食べきれないのを
いつも父が引き受けてたり、私が結局いつも
同じ物を頼むのをみてふたりが笑っていたり。
そうやって一緒にごはんをたべながら、
学校のこととか、さっき買い物したときのこととかを
話したり、その合間に父と母が仕事の話をしていたり。
家族で外食するって、本当に楽しいことなのに。
そんな思い出が、後になってどんなに
大切なものになるか、子どもは分からなくても、
大人は知っていなくちゃいけないと思う。
だから、一緒にいるときは、
一緒にいる時間を大切にしないといけないんだよ。


携帯でも、ゲームでも、便利で楽しいものだけど、
そんなのない頃にちょっと戻りたい。
自分だって携帯は持ってるし、メールもするけど、
うちで夕ごはんを食べてるときにメールがきて、
それに必死に返事をうって、
ひなこが「おか〜さん」って呼んでいるのに
「もうちょっとだからちょっと待ってね」
とか言ってる自分がすごくいやになったりする。
それってどうよ、と思ったりする。
お店のお客さんでも、スパゲティがきても、
必死でメールをうっててなかなか手を
つけなかったりするし、もうすぐできる、ってときに
電話がかかってきて、外に出て行ってしまったりする。
でも本当は、そんなに必死にメールの返事をうったり、
電話にでたりする必要ないんじゃないの?って思う。
手元にあるからそうなっちゃうけど、
ないときはなかったんだもん。
今さらそういう時代には戻れないけど、
そういう便利で楽しい物に自分の時間を
奪われすぎないように気をつけて
いたいなあ・・・と思います。
そういうのって、結局後になって何も
残らなかったりする気がするから。


外食は、楽しいイベントのひとつ。
せっかくお金と時間をかけるんだから、
もっと積極的に演出しようよ、と思います。
外食するからには、ちょっといい服を着て、
メニュー選びにわくわくして、
ちゃんと食後の飲み物も頼んで、
ゆっくり話したほうが楽しい。
うちで食べてるのと変わらないんじゃ
お金がもったいないし、
お店の人もつまらない。お店の人間は、
食事を楽しんでる人を見たいから。
カップルで来て、ごはんだけ食べて
ずっとお水だけを飲みながら
しゃべっている人達もいるけど、
そんなとき、彼氏が
「何か飲もうよ。好きなもの頼んでいいよ」
って言ってくれたらすっごいうれしいけどなあ。
たとえ毎週外食していたのが
月一回になってしまうとしても、
そうやって
「外食するからには、好きなものを遠慮なく頼もう」
ってそのためにお金をためておくほうが私は好きです。
ちょっとしたことだけど、
「好きなもの食べていいよ」って言葉は、
老若男女問わず、すっごく人を幸せにすると思います。



JUGEMテーマ:育児


| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 22:41 | - | - |
母の滞在
こんにちは。ミキです。
今日のお昼ごろ、一週間ほど
うちに滞在していた母が実家に帰りました。
仕事があるので見送りにはいけませんでしたが、
この一週間、すごく楽しかったです。


みんなでごはんを食べにいったり、
お店の休みの日には遠出したり、
お店を見てもらったり。
ちょうどこのお店ができるときに
父が病気になったので、
ずっと見てもらえないままだったのです。
母は、「あなたたちらしいお店だね。すてきね」
と言ってくれました。


父が亡くなって、いろんなことを
父にまかせっきりだった母は
これからちゃんと
生きていけるのかなあ・・・と心配でした。
父がいるときは銀行にも市役所にも
行ったことがなかったし、
あまり体が丈夫でないので、
よく寝込んで父に看病されていたし。
でも今回、母といろんな話をして、
昔のこともたくさん聞いて、
なんだか、私が思っているよりも、
お母さんという人はすごく
ちゃんとしているのでは、と気づきました。
私よりもよっぽど苦労しているし・・・。


もちろん、父が亡くなってしばらくは、
たくさん泣いて、あまり外にも
でなかったみたいだけど、
今は外に連れ出してくれる友達がいるので
一緒に出かけたり、
習い事を始めたり、毎日散歩にでかけたり。


二人で父の話をしていると、
「楽しかったね。愛情いっぱいもらったね」
「お父さんみたいな人と結婚できて、
本当にお母さんは幸せだったと思うよ」
と言ったり、昨夜母が帰る前の荷造りを
しているとき、私が
「さみしいね。もう帰るんだね」と言うと、
「そうだね。でも、帰るところがある
っていうのはいいことよ」と
言ったりする母を見ていると、
ああ、お母さんは、ただお父さんに
甘えてただけの人じゃないんだ、
ちゃんと一人の人間として、すてきな人なんだ、と
初めて母のことが分かった気がしました。


目に見えるところでは、父が母のために
いろいろしてくれていたことが
周りには分かりやすいのだろうし、
近所の人たちにも、
「あんなにやさしい旦那さんでしあわせねえ」
とよく言われてたみたいだけど、
母のそういう素直さや、
お父さん、お父さん、って
にこにこしているところに、
父だってたくさん救われたことが
あるはずだって、父だって絶対に
しあわせだったはずだって感じたのです。


私は植物が好きだから
(育てるのは下手だけど・・・)
歩いているときはいつも樹や花を
無意識に探しながら歩いているのだけど、
母と一緒に歩いていると、母も
「あら、大きい木」とか「あの花きれいね」
などと私がきれいだな〜と思って見ていたものを
同じように見ているので驚きました。
そして、今の私がそういうところに
しあわせを見つけることができるのは、
母が母だったからなんじゃないかな、と思ったのです。


父が亡くなったのはすごくさみしい。
だけど、亡くなったから見えてくることが
まだまだたくさんある。
そういう新しい気持ちにさせてくれた、
今回の母の滞在でした。
どうか、たくさんの大事なことに、
ちゃんと気づくことができますように。
そして、周りにいる人たちを、
ちゃんと大事にできますように。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 23:21 | - | - |
親の愛情というもの
こんにちは。ミキです。
今日夕ご飯の冷やし中華をうちで食べていたら、
ふとお父さんのことを思い出しました。


私が実家に帰ったとき、お父さんが
「みき、これすごくおいしいから食べてみ」
と言って、買っておいた冷やし中華を
作ってくれました。
私はそれを、「ほんとだ〜おいしいね〜」
と気楽に食べて、それを見てお父さんは
「そうやろ〜」とうれしそうにしていました。


そんななんでもないことだったけど、
それは、お父さんがその冷やし中華を
初めて食べた時、きっとすごくおいしくて、
そして、「みきにも食べさせたいなあ」
と思ってくれたってことなんだ。
そのことに初めてちゃんと気が付いて、
おそばを食べながらぽろぽろ泣いてしまいました。


子どもが無造作に受け取っている
そんな日常の小さい出来事にさえ、
親の愛情というのはたくさん散りばめられていて、
そういうものにこどもは守られているんだなあ、と
改めて感じました。
私が実家に帰るたびに、
上等のお肉が買ってあったり、
お父さんが釣った鮎を冷凍して取ってあったり、
(私は鮎が好きなので)
そうやって何かおいしいものを食べた時に、
これを食べさせてやりたい、と思うこと。
それはいつも心のどこかに
こどもの存在があるってこと。
それは、愛情以外の何物でもなくて、
きっとそれは与えるほうも与えられるほうも
両方しあわせなこと。


この間、すこしつらい出来事があって、
いつもだったらお父さんに相談するような
ことだったから、とても苦しかったです。
お父さんだったらどう言ってくれるかな、
と思うとさみしかった。
お父さんはきっと見ていてくれるけど、
もうその声を聞くことはできないから。
言葉をもらうことができないから。
人がこの世からいなくなるさみしさは、
こうやって少しづつ
やってくるものなんだな・・・と実感しました。
でもこうしてめそめそしている私に、
ひながハンカチを持ってきて涙を拭いてくれて、
背中をぽんぽんたたいて、
「だいじょうぶ〜?」と言ってくれる。
(二歳なのに・・・)
無くしたものもあるけれど、
それを補ってくれるものも
いつもちゃんとある。


親を亡くすのはさみしいことだけど、
今度は自分が愛情を与える立場に
なったということだから、
それもきっと素敵なこと。そして自然なこと。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 18:21 | - | - |