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花鳥風月通信

自慢のおいしいスパゲティ
高円寺「花鳥風月」の公式ブログ
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お金は大事

こんにちは。ミキです。
つい先日、新宿にお買い物に行きました。
お給料日だったので、うれしくて。
新しい手帳やピアスなどを、
何かいいものないかな〜と
いろいろ見て回ったのですが、残念ながら
ぐっとくるものが見つからず、チョコレートを
買って帰って来ただけでした。


最近、お金についてすごく考えているのですが、
どうせ使うなら、本当に自分がほしいと思える物、
高い安いに関係なく、喜んでお金を支払える、
買うのにわくわくするような物に使いたい。
だって、お金は大事だもん。


花鳥風月を始めてから学んだことは
数え切れないくらいあるのですが、
そのうちのひとつがお金の大切さ。
お店を始めて最初の一年半、私(も店主も)
はお給料がなかったから、本当に苦しかった。
食費と雑費はもらっていたから、
生活はなんとかしていけるのだけど、
自分が自由に使えるお金がないということは、
自分の気持ちを高める買い物が
できないことだから、
ときに泣きたくなるほど悲しかった。
自動販売機でジュースを買ってる人を見かけても
うらやましかったほど。
だから、少しでもお給料が
もらえるようになったとき、
もう、本当に本当にうれしかった。
洋服や、靴や、そういうものだけじゃない。
値段でなく、自分の好みで選ぶ朝食のパンや、
ひなこに買ってあげるお菓子や、
自分のためだけに買うチョコレート。
そういうものが手に入る喜び。
お金がない時代があったから、
あることのありがたさが、
今までとは比べ物にならないくらい分かる。
だから、それを経験できたことに本当に感謝してる。


だからこそ、何を買うにしても、
お金を使うことに関してはシビアです。
そのものが欲しいというだけでなく、
どこで、誰から買うかということも同じくらい大事。
私はブランドのバッグは持っていないけど、
もし買うとしたら、今なら決して
リサイクルショップでは買わないと思う。
直営店に行って、きりっとした店員さんから、
ちょっと緊張するとしても、ちゃんと見せてもらって、
話を聞いて、実際に持たせてもらい、
その店員さんの態度もみて、
どきどきわくわくしながら買うと思う。
大事なお金は、納得いく使いかたを
しなければ申し訳ないから。
お客さんからいただいて、店主からもらった、
大事なお金だから。


という訳で、買ってきたのは
デメルのピールチョコレート。
写真では包装紙に包まれていますが、
中の箱がまた素敵。
ピンクで、金色の文字が刻まれています。
見るたびにうっとりするようなきれいな箱。
もちろんすご〜くおいしいです。
一緒に写っているのは、今のお店のお花のチューリップ。
花が開いてきて、とてもチューリップとは思えません。


| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 20:25 | - | - |
清水寺にて
こんにちは。ミキです。
先日は長いお休みを頂いてしまいました。
秋の京都は素晴らしかったです。
紅葉はまだ六分くらいでしたが、
神社仏閣が大好きな私は大満足です。


私は大学時代と結婚してからと、七年ほど
京都で暮らしていましたが、住んでいるときは
そんなにいいとも思っていませんでした。
でもこうして離れてみて、久々に観光地としての
京都を見てみると、すごくいいなあ、
みんなが京都はいいって言うのが
分かるなあ、と実感しました。


そういえば住んでいるときも、
いろいろ考えすぎて
ぎゅうっと煮詰まったときなど、
ちょっと歩くとすぐに詩仙堂や曼朱院
(大好きなんです!)があったから、
よく出かけました。
広い敷地に、たくさんの木々、ずっと昔からある
建物のなかにいると、すうっと心が落ち着いて、
いいなあ、きれいだなあ、って気持ちだけに
なって、それが好きでした。


今回は私の母も京都に遊びに来たので、
ひなこを店主に預かってもらい、久々に
二人ででかけたりもできました。
行き先は清水寺。
ここは私の大好きな場所です。


私が大学を卒業したばかりの頃、友達が
京都に遊びに来てくれて、彼女を
連れて行ったのもここです。
新緑の季節で、すごくいいお天気でした。
彼女と私は、お寺を見たあと、
境内にある甘味処に入りました。
靴を脱いで上がるお座敷になっていて、
屋根があるだけの、風が通る気持ちのいいところでした。


そこで二人でお抹茶やらぜんざいやらを
食べながら話をして、時折すぐ横を通り過ぎていく
楽しそうな観光客や、窓枠の外のきらきらした
緑の葉っぱを見ていたら、
私はとてつもない自由な気持ちになりました。
私は学校というものが苦手だったから、
楽しいこともいっぱいあったけど、
大学を卒業したのが本当にうれしかった。


もう、学校というところに行かなくていいんだ。
私はもう、どこへ行っても、何をしてもいいんだ。
これからの時間は全部自分のもので、
自分の好きに決めていいんだ。
これからの人生は全部、自分で決められるんだ。


そんなふうに、何の制約もない、
どこまでも自由な気持ちで
友達とただのんびりすごしているのが
うれしくてうれしくて、胸がいっぱいに
なったのを覚えています。
今でも、あの時の気持ちを一番大事に
したいと思って生きています。
何にも縛られず、全部自分で決めて生きていきたい。
そのためにはいろいろ苦しいこともあるかもしれない。
でも、あの自由な気持ちだけは、
守らなくてはいけない。
お金があっても、安定していても、
心が自由でなかったら、
私はとてもしあわせになれる気がしない。


そういう意味でも、清水寺は
私にとって特別なところなのです。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 06:54 | - | - |
『かもめ食堂』
こんにちは。マンションの庭がジャングルなので、
日々蚊の猛威にさらされている、ミキです。
そしてお店が暑いです。
最近、暑くて働きながら
ちょっと気が遠くなります。
体にいいのか悪いのかよく分かりません。


さて先日、ずっと見てみたかった
『かもめ食堂』を見ました。
小林聡美演じるサチエさんが、フィンランドで
「かもめ食堂」というお店をやっており、
そこに集まる人々との日常を綴った映画です。


好き。好き好き好き。
私が今まで見た中で一番好きな映画は、
『マルセルの夏』と『青いパパイヤの香り』
だけれども、それに匹敵するほど大好きです。
たまに、
「これがこの世に存在してくれてよかったー」と
思える作品というものがあるけど、
(本でいったら、私の場合
プロイスラーの『クラバート』、
バーネットの『秘密の花園』と『小公女』、
リンドグレーンの『わたしたちの島で』)
まさに、そういう映画のひとつです。


きりっと清潔で、サチエさんに
ぴったり寄り添うような店内。
お客さんを待つ日々。その穏やかで強いこころ。
おいしそうな食べ物と、
それを楽しそうに食べる人々。
この映画を見ていると、自分がどれほど
「お店」というものが好きかを思い知ります。
なんだかんだ言っても、
お店というものは本当に魅力的。
そのシステムも、そこで必要とされる精神も、
理屈ではなく、心から好きだと思う。
そこに属しているだけで、
ただうれしくなるのです。


そして、小林聡美ってすばらしいなあ、
といつも思う。
日本で一番好きな女優さんだ。もう大好き。
『すいか』もすばらしかったなあ。
あのドラマに出ている人すべてが好きだけど。
(ちなみにそれ以外で好きなのは、
シャルロット・ゲンズブール。
『ぼくの妻はシャルロット・ゲンズブール』
がとっても好きです)



私には大小様々な夢があるけども、
その夢のいっこに「フィンランドに行く」
というのが加わりました。
ひなちゃんがもっと大きくなって、
お金も貯めて、
フィンランド語もちょっと勉強して、
いつか行きます。そう思うことで、
やらなくてはいけないことが
急に増えて、わくわくしてくるのが夢のいいところ。
でも私が一番好きな作家のリンドグレーン
(「長くつ下のピッピ」や
ロッタちゃんシリーズを書いた人)
がスウェーデンの人なので、
スウェーデンも行かなくては。
いつか行く北欧ツアーが本当に楽しみです。
うふふ。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 06:47 | - | - |
物事はセット
こんにちは。最近物忘れが
激しすぎる、ミキです。
今朝も店主の朝のパンを
炭にしてしまいました。
冷蔵庫を開けながら、
何を取り出そうとしていたのか
忘れてしまうのもしょっちゅうです。
大丈夫かな。


今日のお店も暑かった・・・。
下の看板にも「店内は暑いです」との
注意書きがありますが、
それに負けずに入ってきてくれるお客さんが
ありがたかったです。ありがとうございます・・・。


この間、ひなこと一緒にテレビを見ていると、
ちょっと恐いシーンになりました。
するとそういう何かが出てきそうな場面(
おばけとか、犯人とか)や、人が怒鳴りあって
いたりするシーンが嫌いなひなこは、
「やだ〜、消して〜」
といやがり、せっかくいいところなのに
消さなくてはならなくなりました。
あ〜、ひなこと一緒だと、
テレビも自由に見れないや。
昔は、ホラー映画でも深夜番組でも、
何だって自由に見たいものを見れたのになあ。


でもそのかわり、泣きたくなるほど
寂しいときがたくさんあったなあ。
そのとき、そうか、物事って、
なんでもセットになっているんだなあ、と
思ったのです。


よく美輪(明宏)さんも言っているけど、
世の中には正負の法則ってものがある。
いいことがあれば、悪いこともあるという。
それはもちろん分かるんだけど、
その考え方があまり好みではなかった。
だって、すごくいいことがあったとき、
「これと同じくらい悪いことも
起こるのかなあ」って思うのはさみしいから。
(解釈の仕方が間違ってるのかもしれないけど・・・)
でも、どんなこともいい部分としんどい部分が
セットになっているんだとしたら、
それは納得できる気がする。


ひなこがいない頃は、夜にふと思い立って
外に散歩にでることも、
友達と夕方から会ったりすることも、
ごはんを作る気分じゃなくて、
パンとお茶で夕ご飯を済ますこともできた。
テレビも映画もなんでも見れるし、
眠かったらいつでも眠れた。
でもその代わり、ときたま自分でも
手に負えないようなさみしさに
襲われた。自分には大事な両親がいるとか、
友達や恋人がいるってことさえ
全然助けにならないような孤独。
そして一人の時に、時間を有効に活用できて
いたかどうかというのも疑問。
時間って、あればあったでだらだら
してしまうものだ。


でも今は、毎日毎日、仕事に行って、
みんなのごはんを作って
部屋をかたずけてひなこと遊んだり、
お風呂にいれたりしているうちに
あっという間に寝る時間になって、
ベッドに入るとばたっと一瞬で眠ってしまう。
あんなふうな孤独を感じることは、もうない。
それがしんどいときはあるけど、
そんなふうに毎日がいろいろ思い悩む
ひまもなく過ぎていってしまうのも、
幸せなことだと思う。


だから、どんなことにも両方の部分があって、
いい部分だけを羨むのも、
しんどい部分だけをいやがるのも違うはず。
どうせどんなことでもセットになっているんだから、
今の状況を受け入れて、
満喫するしかないなあ〜と思ったのでした。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 06:41 | - | - |
笑顔でいること
こんにちは。ミキです。
ここ最近、どうしたら
やさしいお母さんになれるのか、
ずっと考えていました。
一時悟りを開いたような気がしても、
そう簡単に変わることもできず、
日々同じようなことで
反省したり落ち込むことが続いていました。
なんですぐ怒っちゃうんだろう。
なんでやさしいお母さんになれないんだろう。
このさみしさはなんだろう。


そんな時、店主が久々に知り合いの女の子と
会う機会があって、後でそのときの話を聞きました。
彼女は私も一度だけ会ったことがあるのですが
(店主が前の職場にいたときに一緒に
働いていた子で、今は一人でフードコーディネーター
兼イラストレーターをしています)
いつもにこにこしていて、初めて会ったのに
初めてな気がしないような、
人が思わず近づいていきたくなるような
かわいらしい人です。


そこで店主がその彼女に、
「その笑顔はやっぱり意識してやってるの?」
と聞いてみたところ、
「もちろん!」
という答えが返ってきたそうです。
彼女の座右の銘は「笑う門には福来る」。
どんなときでも笑顔でがんばることで、
まわりにも人がどんどん集まってくるし、
それが仕事に繋がることがすごく多いそう。
そうか・・・そうだよね・・・。
いつもにこにこしていることって、
本当に難しいことだと思う。
それは、意識してやらないと無理なこと。
まわりにいる人間はそんなことには気づかず、
ただなんとなく、感じがいい子だな〜と
ふらふらっと引き寄せられるのだろうけど、
それは本人が、必死で
(でも必死さは決して見せないで)
表現していることなんだなあ・・・。


いろんなことがただ楽しい子どもや
若い人とは違って、いつもにこにこしていられる
大人というのは、
「どんなときも笑顔でいよう」
って自分で決めた人なんだ。
にこにこしている人を見ると、人は
「なんか楽しそうでいいな〜」
「あんまり悩みなさそうだな〜」と思いがちだけど、
もちろんそんな訳はなくて、どんな人にも
同じように悩みがあり、トラブルもあるはず。
ただ、その受け止め方が違うんだ。


それと同じで、「やさしそうなお母さん」だって、
子どものことでいらいらしたり
怒ったりしないはずない。
ただ、それを見せずにがんばってるだけ。
やさしいお母さんになりたいなら、
なる、って自分で決めること。
くよくよ落ち込んでないで、
とにかくにこにこしていよう。
つべこべ言わずに、今の自分がやれることを
すればいいんだ。


という気持ちになったので、とにかくがんばります。
とりあえず今日一日は、ひなこと仲良く過ごしてます。
そういう日が少しずつ、
少しずつ増えていけばいいのだと思います。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 19:55 | - | - |
辰巳芳子さんの言葉
こんにちは。ミキです。
先日NHkで料理家の辰巳芳子さんの
特集をやっていたので、
録画して見てみました。素晴らしかった・・・。
私は料理をきちんと習ったことがないので、
一から勉強するようなつもりで
買ったのが辰巳さんの本でした。
料理のレシピもすごくおいしくできるのですが、
何より彼女の文章がすばらしい。
料理そのものだけでなく、料理をすることの意味を、
時には厳しく、かつ愛情をもって教えてくれます。
 

私が持っている「手しおにかけた私の料理」の
『だし』の項では、


『一日が十日、十日が百日、一年が十年、
十年が一生。化学だしで食べる人と、
かりに味はそこそこでもしっかり自然のだしから
つくったものを食べた人の生涯を比べてみて下さい。
日本のだしは、何の難しいことも、
手間らしい手間もかかりません。
諸外国のスープと比べれば、
即席に準じてひけるものです。
ですから、時代の中で、自己実現を志す方々は、
男も女もだしくらいはひける人に
なっていただきたい。
段取りよく、計画的にだしを用意し、
何時なんどきでも使いこなせる程の人間でなければ、
自己実現など夢の夢。砂上の楼閣に終わるかも
しれません。そういう時代がくるように感じます』


その通りです・・・。本当に。
「忙しい人のための料理」って、よく即席だしや
電子レンジでの調理が紹介されているけど、
私はそれがあまり好きじゃなく、
それがなぜかうまく説明できなかったのですが、
これだー、と思いました。
料理は毎日のことだから大変なんだけど、
ただ料理が出来上がればいいって
訳ではない気がする。
食べることは生きること。それをおろそかにするのは
生きることを雑に扱うことのような気がしてしまう。
料理は一生のこと。
だったら覚悟を決めて、心してとりかからなくては。

料理ができるということは、
自分と、自分の周りにいる人たちを
生かすことができるということ。
だしをとるのが面倒に感じるときもあるけど、
そんなふうには全く感じなくなるほど、
毎日顔を洗うのと同じくらい、当たり前の、
日常の一部になっていくといいな、と思いながら、
今日もせっせとだしをとっています。
辰巳さんの言葉を励みにしながら。


『何事を為すにも、成し遂げるためには、
いくらか自分を励まさなければなりません。
仕事は手につけば、面倒であったものが
面倒でなくなるときがくるものです。
あるいは、人により一生面倒を感じるかもしれません。
それはそれでよいと思います。
そういう自分を受け入れて、
為すべきことをいたしましょう。
それは楽々なさる方より、
もっと尊いことだと思います』
(同じく「手しおにかけた私の料理」より抜粋)

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 19:46 | - | - |
新しいさいふ
こんにちは。ミキです。
きのうの定休日、ついに買いました。
それは、さいふ。
ひと月くらいずっと探し続けていて、
なかなか気に入ったものが見つからず
困っていたのですが、やっと
「これなら」と思うものに出会えました。


結構長く使っていたさいふが壊れてしまい、
買い替えたかったのですがあまり余裕がなく、
どうしようかな〜と思っていたときに、
母が、父の車を売ったお金の一部を
分けてくれたのです。
(父の車はすごく大きく、母も自分の
小型の車があるし、取っておいても仕方ないので
売ったそうです)
おお、これでさいふが買える。
なんだか、お父さんから最後のお小遣いを
もらったような気持ちでした。


そう思うと、中途半端な物は買いたくありません。
自分が本当に気に入って、これなら
ずっと大事に使いたい、と
思えるようなものを買いたかったのです。
それから、あらゆるデパートやお店をまわり、
さいふを何個も何個も見ましたが、
いいなあ、欲しいなあ、と思えるものが
本当に見つからない。
私はロゴが入っているものが苦手なのですが、
本当に、どの商品にも必ずと言っていいほど
ロゴが入っているんですね。
たまに、ちょっといいな、と思うものがあっても、
この店員さんから買うのはちょっとやだな、
と感じたり。


そこでいろいろ調べていたら、
以前から行ってみたかった
恵比須の雑貨屋さんEKOCA(イコッカ)で
「須藤華順の革小物展」が開催されるというので、
行ってみることにしたのです。
須藤華順という方は、以前雑誌で
見たことがあって気になっていました。
初めて入ったイコッカは、清潔で、
きりっとしていて、背筋が伸びるような空間でした。
初日ということもあってか、須藤さん本人が
お店にいらっしゃって、私が手に取ったさいふ
ひとつひとつについて説明してくれました。
「今私が使っているのがこんなかんじです」
と見せてくれた使い込まれた様子のさいふは、
売られているのと同じデザインだけど、
もっとくたっとつやつやして、とてもすてきでした。
種類がたくさんあるわけではないのに、
どれもすてきでなかなか決められず、
散々悩んで、須藤さんが使っていたのと
同じ形のものに決めました。
小さいけれどたくさん入りそうで、
色はきれいな赤とオレンジが混ざったような色。
ぱちんとボタンで開ける小銭入れ。
このボタンの部分も、壊れたら
打ち直してくれるとのことでした。


選んだ時間も、買った瞬間も、
買って帰ったあとも、すごくすごくうれしくて、
取り出しては何度も眺めたり、
意味無くボタンを開け閉めしたり。
こんなにうれしい買い物をしたのはひさしぶりで、
これならお父さんも喜んでくれるかなあ、
と思いました。
時間はかかったけど、あきらめずに探してよかった。
このさいふは、須藤さんが
ひとつひとつ丁寧に作ったんだな、
と思うと大事に使わない訳にはいかないし、
このお金は、大切な人からもらったものだと
思うといいかげんな使い方ができない。
そして、いつもこんなふうに、
本当にいいと思えるものを、
誰から、どこから買うか、ってことも含めて、
妥協せずに探す買い物の仕方ができたらいいなあ、
と感じた出来事でした。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 06:46 | - | - |
朝のお掃除

こんにちは。ミキです。
10月に入ってから私が始めたこと。
それは、朝のお掃除。
最初は、トイレ掃除がしたいのに
なかなかできず、(仕事から帰ってくると
ごはんを作ったりひなこの世話をしたりして
いつのまにか寝る時間だし、
ひなこがいる時に掃除をしようとすると、
「ひなちゃんがやったる!」
といろいろと手伝おうとして
余計時間がかかったりして・・・)
ふと、朝やればいいのでは、と思い付いたのです。


そして朝、いつもより10分早起きして
掃除をしてみたら、
これがまた、すごくいい気分だった!
たかだか10分だけど、
10分あったら結構やれるもんです。
そこで、毎朝、気になるところを少しづつ
掃除することにしました。
今日は台所の床掃除、次の日は窓ふき、
そのまた次の日はベランダの掃き掃除。
仕事をしていると、お休みの日くらいしか
掃除できないのでこうやってなんとなく
気になるところを日々片付けていけると
気分的にも落ち着きます。
朝、みんなが寝ている静かな中で
家の中をきれいにしていると、
なんだか気持ちが清らかになる感じがします。
掃除って、すごく心にいいですね。
お坊さんも、朝はお掃除から始まりますもんね。


そういう私も、今まではそんなに
きれい好きって訳ではありませんでした。
こどもがいるので掃除機くらいは
まめにかけていましたが、
割と散らかっていても平気でした。
しかし、花鳥風月を始めてから、
だんだんと変わってきた気がします。


お店は毎日掃除して、できるだけ
ごちゃごちゃしたものが
目に入らないようにしているのですが、
そういう空間に慣れてくると、
その居心地のよさに体が馴染んでくるのです。
すると、散らかっている状態が
落ち着かなく感じてきます。
自分の家なのに、なんだかすみません、
とあやまりたくなるような。
なんかやだな〜と常々感じているような。
きれいな空間には、それだけで
神様が宿るような感じがするのです。


今のマンションに引っ越してきたのは
お店を始める少し前ですが、
ここに決めた理由は、すばらしいお庭と、
洗面所の美しさでした。
ここは古い建物なので、お風呂は狭いし
(しゅぼっとひねるガス釜だし!)
一階なので湿気と虫はすごいし、
いろいろと不便なこともあるのですが、
風情があったのです。
それまで、府中で普通のマンションに
住んでいて、それはそれでとても便利で
きれいだったのですが、洗面台は
よくある棚がたくさんついた、
プラスチックみたいな素材の無難なものでした。
ひなこを産んだときに実家の近くの
病院に入院したのですが、なんとその病室
(個室でした)には、うちのマンションと
同じ洗面台が!そのとき、
「なんか、こういうのが置いてある
うちはもうやだなあ・・・」
と思ったのです。


そして今のマンションを見にきたとき、
その洗面所のかわいらしさに心を奪われました。
白い小さな、お水しかでない陶器の洗面台、
その上には小さな鏡がついていて、
それを開けると裏は棚になっています。
外国映画によく出て来る、扉(鏡)を
閉めれば中は見えなくなるすぐれもの。
そして洗面台の付いている側の壁は、
一面水色の細かいタイル張りです。
なんか、昔のほうがセンスある・・・。
トイレの鍵まですてきなのです。


それでも、冬の寒さやお風呂の狭さ、
たんすにまでカビが生える湿気などに
引っ越しを考えたことも何度もありますが
(したくても無理なんですが・・・今のところ)
まず、今の自分の住んでいるところを、
きちんと手入れできるように
ならなければ、どこへ引っ越しても同じ、
という気がしてきたのです。
きちんと物の置き場所を決めて、
置ききれないものは処分して、
毎日きちんと掃除をして。
そういうことがちゃんとできるようになってから、
今度は引っ越したい。
せっかく出会えた、好きになった場所だから、
ちゃんと大事にできるようになりたいのです。
どんなことも、まず日々の自分の暮らしが
きちんとしてなければだめ、って
今は思います。ごはんは
自分が作るのが好きなので作りますが、
掃除と片付けについては今修行中、
ってかんじです。昔のうちみたいに
(そんなに昔のことに詳しい訳では
ないので、イメージ)
ちゃぶ台をたたんで片付けたら、
あとは畳とたんすだけ、みたいな
すっきりした部屋を目指しています。
とりあえず今は、朝の掃除を続けること!

写真は、うちの洗面台。
見るたびにうれしい。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 20:08 | - | - |
お母さんというもの
こんにちは。ミキです。
ひなこを保育園に迎えにいくと、
いつもほかのこどもたちも一緒に
寄ってきてくれます。
そしてわ〜と次々に抱きついてくるので
押しつぶされそうになります。
それは、重いけど、至福。
私はただの「ひなちゃんのママ」なのに、
私も私も、って感じで
ぎゅっと抱きつきにきてくれる。
なんだかただで愛をもらっている気持ち。
小さいこどもの魂は、本当にかわいらしく、
きれいなものだと感じます。


よく、母親というものはこどもに「無償の愛」を
注ぐもの、と言うけれど、ひなこを産んで
思ったのは、「無償の愛」をくれるのは、
赤ちゃん(こども)のほうなんじゃないかってこと。
お母さんだって、いらいらしたり、
つい怒鳴ったり叱ったりしてしまうけど、
それでも赤ちゃんはお母さんに向かってくる。
毎日毎日、「すき」って気持ちをぶつけてくる。
それは、ほかのどんなものよりも人を参らせる。
愛情は無くならない。出し惜しみしなくても、
愛情を相手に注げば注ぐだけ、
どんどん愛は増えていくって教えてくれる。
こどもが大きくなって、そんなにお母さんが
好きだったことを忘れてしまっても、
お母さんのほうはちゃんとこどもがくれた
たくさんの愛情を覚えていて、
それが「無償の愛」と呼ばれるものに
なっているような気がします。


だいぶ前のことだけど、ひなこが生まれて
三ヶ月になったとき、市の保健センターで
行われた「三ヶ月検診」に行きました。
そこにはたくさんの赤ちゃんと、
お母さんがいました。当たり前のことだけど、
すべての赤ちゃんにはお母さんがいて、
たくさんのお母さんが、自分の赤ちゃんを
大事に大事に抱っこしていました。
育児にようやく慣れたかどうかのお母さんが、
泣いている赤ちゃんを
「どうしたの?お腹すいた?」とあやしたり、
お乳をあげながら、「おいしい?もっと飲むかな」
と話しかけたりしている
様子を見ていたら、なんだか
泣きそうになってしまいました。
お母さんって、やさしいなあって。
もしかしたらこの世で一番やさしいのは
お母さんなんじゃないかなって。
なんだか、そこにいるすべての赤ちゃんが
うらやましくなった。


ひなこの寝顔を見ていると、胸が痛くなる。
幸せというよりも、大事すぎて苦しい。
こどもの寝顔は天使みたいってよく聞くけど、
私には、小さい神様にみたいに思える。
静かで、清らかで、心が落ち着く。
悲しいことがあったときも、
ひなこの寝顔を見ていたら、
安心してしくしく泣くことができる。
寝顔を見ながら、いろんなことを思う。
私は今日いいお母さんだったかな。
疲れていらいらしててごめん。
怒っちゃってごめん。
絵本読んでって泣いてたな。
もう遅いからって寝かせちゃったけど、
別に一冊くらい読んであげたらよかった。
もっと、やさしくできたらよかった。


そんなふうに、世界中でたくさんのお母さんが、
こどもの寝顔を見ながらいろんなことを思ってる。
どうして人を殺したらいけないのか、
今なら分かる気がする。どんな人間も、
そんなふうにお母さんが大事に大事に
育ててきたんだもん。毎日毎日、この子が
元気で大きくなりますように、
この子が幸せでありますようにって、
祈りながら。胸を痛くしながら。


「私のお母さんはそんな人じゃない。
やさしくなんかない」っていう人も
いるかもしれない。でも、赤ちゃんというのは、
誰かがミルクをあげて、おむつを替えて、
泣いたら抱っこして、寝るときは
そばについていてあげないと
大きくなれない生き物だから、自分が今
ちゃんと生きているってだけで、
誰かにきちんと愛された証拠だと私は思う。
ひなこを産んで、今まで自分には関係ないと
思っていた人たちの後ろにも、そのお母さんの
存在を感じないわけにはいかなくなった。
そうすると、どんな人も邪険にはできなくなる。
誰でも、そのお母さんにとっては大事なこどもだから。


こどもを産むことが誰にとっても
すばらしいとは言い切れないけど、
私にとっては、ひなこを産んだこと、
ひなこがうちに来てくれたことは、
たくさんの学びを与えてくれた、すばらしいこと。
こどもがいるって、ままならないことが
すっごくあるけど、
幸せで泣ける瞬間も同じくらいある。
本当に大事なものが何かってことが、
分かりやすくなる気がするのです。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 06:52 | - | - |
風邪ひいて何思う
店主でございます。
昨日は、熱を出してしまい、
夜の部をお休みしてしまいました。
ご来店されたお客様、
申し訳ありませんでした・・・


最近は娘も大きくなってきたので、
休みの日となると僕も一生懸命いっしょに
遊び過ぎてしまって、しっかり休息できて
いないのが原因かも知れません。


今後は、お客さんにご迷惑をおかけしないためにも、
しっかり体調管理をしていくつもりです。


変な言い方ですが、こうやってここで謝ることが
できる程のお客さんがいてくれることにも
感謝しています。去年の今頃は、
どん底の真っ最中でしたから・・・


で、(熱を出す前日の)定休日は家族三人で
井の頭公園に行ってきました!
祝日ということもあって、たくさんの人。
いつもお出かけする時は平日がほとんどなので、
逆に新鮮でした。なんとかベンチを見つけて
三人で弁当を食べて、散歩して、
白鳥のボートに乗って(30分間ペダルこいで)、
動物園に行って(ひな子をだっこをして)、
買い物をして、ご飯を食べて帰って来たら、
もう疲労困ぱいで、次の日起きたら熱が・・・


微熱だったので、とりあえず営業したのですが、
昼過ぎくらいからかなり体がホットになって
動けなくなってきたので、
病院にいって寝ることとしました。
2週連続ダウンで情けないばかり・・・


でもそれは、とても貴重な体験でもありました。
前回井の頭公園に行った時は、
人並みの贅沢すらできなかったから、
ひな子にジュースも買ってあげられなかったし、
ボートも見てるだけだったけど、
今回は、ジュースも買ってあげて、ボートも乗って、
小さい電車にも一緒に乗ったし、
自分達もコーヒーが飲めて、買い物もして、
ご飯まで食べて帰ってきて、
全てが感動と感激と、感謝でいっぱいの一日でした。


熱を出して寝込んだことも、ああやって休日を
過ごせるようになったことの成果?だと思って
嬉しく受け止めています。不謹慎な言い方ですが・・・
また日々精進して頑張っていきたいと思います。



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