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花鳥風月通信

自慢のおいしいスパゲティ
高円寺「花鳥風月」の公式ブログ
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一生懸命生きること
 


こんにちは。ミキです。
2010年は、めまぐるしいです。
まだ3月なのに、心の中ではあらゆることが次々
起こっている感じ。客観的に見ても、お店の営業時間が
変わったり、ひなこ出勤が始まったり、なんだか
ばたばたした感じが出てしまっているかもしれません。


でも、いろんなことがあって、いろいろ考えて、
今はこうして営業は夕方6時か7時頃までで、
たまにひなこも出勤したりして、夜に店主の講座などが
入っていないときは、夕ご飯はみんなで
お店またはうちで一緒に食べる、という形に
落ち着いてきました。
みんなで仕事を終えて、一緒にごはんを食べて、
帰ったらトランプをしたり(今おおつき家では
神経衰弱がはやっている)映画を観たりして、
お風呂に入って「おやすみー」と三人一緒に眠ります。
そして、そんな生活が、本当に楽しい。


この間ふと、「あっ。夢がかなってる」
ということに気がつきました。私の小さな頃からの夢は、
家族そろって夕ご飯を食べること。そして、
生きてるだけでうれしい、って思えること。
いろんな願いがあって、いろんな夢があって、
でもそういうことに振り回されて疲れて、
とにかく、「今できることだけを、一生懸命やろう」と
思ったとき、今の自分が、すべてを持っていることに
気がつきました。最初から、全部持っていたのに。


「本当に好きな仕事をする」こと、「夢をかなえる」と
いうことを追い求めてきたけれど、
どうしてそれが大切かといえば、
「一生懸命生きる」ために、必要だと思っていたから
なんだ、と気づきました。
こうして毎日、朝から晩まで心をこめて仕事をして、
みんなでごはんを食べて、「今日やるだけのことは
やった」と思いながら、ばたっと眠る。
(本当に、目を閉じて一分以内に寝てる)
そんなふうに一日を過ごすようになって、それが本当に
楽しくてきらきらしていて、そんなとき、
「そうか、私、一生懸命生きたかったんだ」
と初めて分かりました。
それこそが、自分の本当の願いだったということが。


そして、一日一日を一生懸命生きられるなら、
どんな仕事でもいいのかもしれない、と
思うようになりました。
自分が必要とされて、かつ自分も楽しく、心を
込められる仕事なら、きっと何だっていいのです。
一番大切なのは、今日という一日を、
精一杯生きられる心の基盤だから。
なんだか、お店をやりながら、大事な事を
たくさん学んでいる気がします。
間違えたり、暴走したり、投げ出したくなったり
しながらも、やっぱりお店を続けていてよかった。
勉強の場を、手放さないでいてよかったと、
いつも思うのです。


写真は、ミモザ。春のお花です。
沈丁花、ミモザ、こでまり。春のお花って大好き。
| ミキの「私的雑記」 | 06:58 | - | - |
世界とつながる



 こんにちは。ミキです。
雪、降りましたねうれしかった・・・。
ひなこに夜中の雪合戦をやらされたけど・・・。


私は、起こる出来事は全部意味があって、
不幸、とか、なんで私ばっかり、とかじゃなく、
これってどういう意味なんだろう、
このことで何を知るべきなんだろう、という
神さまからの課題みたいに考えるのだけど、
たまに、本当に解読不可能に思えることもあって、
これって一体なに!?
何か私間違ってた?
と不安になることもあります。
でも、毎日あれこれ考えていると、
ある日ふと、
「あっ。これか」
という答えに行き着くのです。
そうすると、全部のことが「なるほど〜」と納得でき、
「あ〜、もう!よかった〜わかって〜」
と毎回思うので、どんなに理不尽に感じる事も、
必ず意味があって起こるのだと感じます。


でも、意味が分からない間は本当に苦しいのです。
ここ数日、ずっとずっと考え続けていることがあって、
でもそれがやっと分かって、ものすごく晴れやかな
気持ちでうちに帰ると、京都のおかあさんから
お祝い(先日の「こども未来賞」の入選の)の
お花とお菓子が届きました。
ずっとお花がほしいと思っていたところに届いたこの
きれいなアレンジメントと、本当においしいお菓子と、
窓の外には大好きな、今年初めての雪。
こんなとき、世界と自分が繋がった、って思う。
ほんの数日前は、すべての意味がよく分からなくて、
うんうんうなっていたのに、今はこんなにすっきりして、
かつ大切な事に気づき、こうして自分の好きなものに
囲まれていたりする、このすべてのタイミング。
生きてるっておもしろいな、と思う。
翻弄されながら理解していく過程も、
そのご褒美みたいに思える瞬間も、
すばらしいな、と思う。


写真は、おかあさんにいただいた、お花。
綺麗・・・。見ていると、泣ける。
なんとこの下の箱の中に、世にもおいしい
ケーキが入っているんです。
このセット素晴らしすぎる!
| ミキの「私的雑記」 | 06:08 | - | - |
ほしいもの
 


フェラガモのオードリー
ミナ ペルホネンの服
ミハエル ネグリンのアクセサリー
ル クルーゼの鍋(黄色か白か薄いブルー)
赤木明登さんのうるしのお椀
リンドグレーンの本全部
グローブトロッターのトランク
家族全員分のバスローブ
冷蔵庫にはカルピスバターかエシレ
フェルベールかフォションのジャム
常にエビスビール(店主用)と蒼龍の赤ワイン
アスティ・トスティ、モエ・エ・シャンドンの小びん、
グァバジュースとマンゴージュース
冷凍庫にはハーゲンダッツ


欲しいものは限りなくあって、
まだ果てしなく遠い。(ような気がする)
もう何年、思い描いているかなあ。
自分が住んでいる、すてきなマンション。
本当にほしいものだけがあるおうち。
好きなお花を家中に生けて、
好きな服だけ着て、
食べたいものだけ食べる。
お茶はホテルのラウンジで、
たくさんたくさん、旅行に行く。
飛行機はファーストクラスで、
ホテルはスイートルーム。
そんなの考えてるだけで楽しい。
でも、一体いつになったらそうなるのかなって
果てしないような気持ちになって、
涙がでそうになるときがある。
でもそんなとき、その全部を持っている
未来の私が、きっと応援してくれているはず
と思うから(こんなふうに)
絶対絶対大丈夫、と心を強くする。
もうちょっとだからがんばれ!
って、言ってくれているような気がする。
| ミキの「私的雑記」 | 06:38 | - | - |
決めるのは自分
 


こんにちは。ミキです。
先日母が来ていたとき、みんなで近所のお蕎麦屋さんへ
行きました。初めて行くところです。するとそこに、
もう顔に「仕事だり〜」とバーンと書いてあるような
女の子が働いていました。接客業でこんなに無表情な
人も珍しいな、ってくらいの。
せっかく久々に会えたの家族との外食だったのに、
ちょっとしんみりしてしまいました・・・。


接客って、ただ注文を聞いて料理を運ぶだけの簡単な
仕事だと思われがちだけど、そんなもんでもないです。
その人の仕事ひとつで、お客さんの一日を台無しにも
すばらしくもできる。接客って、基本的に愛がなくては
だめです。本当の、その人自身が持っている愛。
粗相がないことも大事だけど、思いやりが感じられない
接客ほど虚しいものはありません。
それにはまず、自分がその仕事を愛していないと難しい。
それがないなら、初めからやってはいけないと思う。


ある仕事を「いやだ」と思うことは、恥ずかしいことでも
なんでもない。それはただ、自分には向いていない、
自分はしたくない、というだけのこと。
やりたいことをやる、と考えると難しいかもしれないけど、
やりたくないことはしない、というのでもいいと思う。
その仕事を、本当の心からの喜びを持って
やれる人だっているのだから。
それよりも、自分が楽しく、笑顔でやれることを
探し続けるべきだと思う。そうじゃないと、その仕事にも、
その仕事に関わる人達にも、そして自分自身に対しても
失礼だから。自分があんな顔になってしまうような仕事を、
自分にさせてはいけないよ。結局誰のことも幸せに
していないんだもん。


どんな仕事も、無理矢理させられてるなんてことは
ないはず。まず一番最初は、自分で選んだはず。
その最初の選択は、自分のために選んだもので
なくてはいけないと思う。
それは、誰もやってくれないから。
楽しそうに仕事をしている人達は、ただ運がいいのでも
お気楽なのでもなくて、自分でそう決めた
人達なのだと思う。自分を幸せにする仕事を
自分で選んだのだと思う。
その時点で、苦労は苦労ではないし、どんなことも
ただの通過点になる。
やりたくない仕事を無理にやることほど
苦しいものはないのだから、それに比べたら、自分が
のびのびやれる仕事を探すことの方がずっと楽だと
思う。心にうそがないから。


私は、本当に好きなことをしている人が見たい。
そうじゃないことをしている人は苦しそうだから。
でも、きっと苦しくしているのは自分自身。
なんでも、自分の好きにしていいんだと思ったら、
子どものときと同じ世界が目の前に広がるのにな。
| ミキの「私的雑記」 | 06:20 | - | - |
お客さんの立場
 


こんにちは。ミキです。
先日、ある食べ物屋さんのことをネットで調べていたら、
口コミのところに、「土曜日なのに臨時休業してた。
わざわざ行ったのに・・・。
土曜日に休みってどういうこと!?」
と怒り心頭なコメントを発見しました。
私はネットの口コミってあんまり好きじゃないので
見ないようにしているのですが、ぱっと開いたら目に入って
しまったのです。そして自分のことでもないのに
「はぁ〜・・・」と暗〜い気持ちに・・・。


飲食店って、ほんとに「やってて当たり前」だと
思われてるんだなあ。そして、週六日営業していても、
そのお客さんが来た時に臨時休業していたり、
定休日にあたっていたり、貸切だったり
していると、「いつ来てもやってないんだよね」とか
言われちゃう。突然の臨時休業なんかは
本当に申し訳ないし、言われたらすみませんでした〜と
謝るしかないけど、こんなに休んだことを人から責められる
職業ってないんじゃないかと思う。
前も、来たら定休日だったお店の前で
「なんだよ〜!」
と怒っている人を見たことがあるけど、
お店がちゃんとやっていて、そこで作ってもらったものが
食べられるとき、この人がそのことに感謝しているか、
となると、そんなことないんじゃないかと思う。
やってて当たり前で、お金を払ってるんだから
食べられて当たり前。
「お客さん」って、そんなにも強い立場なんだろうか。


一人の人間として相対したときにできないようなことが、
「お客」という立場になるとできてしまったりする。
お店、という場所では、お客と経営者という立場でも、
お店を一歩でたら、その立場は逆転することもあるのに。
よく、電車のトラブルなどで交通が麻痺してしまったとき、
駅員さんに詰め寄って責めまくる人を見るけど、
これって最高にかっこわるい。
本当に、自分の都合しか考えてないんだと思う。
「お客」という自分の立場でしか
物事が見られないんだと思う。
だったら毎日、決まった時間に電車が来て、
それのおかげで遠い場所まで短時間に
移動ができることにちゃんと感謝してるんだろうか。
それってものすごいことだよ。
自分で電車なんて作れないもん。
「じゃあ、もう今後一切電車は利用していただかなくて
いいです」って言われたら、困るのは自分だと思うけど。


お客さん(自分も含めて)はお金を払って、
でもそのかわりに、あらゆるサービスというものを
受け取っている。
それは、対等な交換だと私は思うけど、なぜか
一般的にはどうしても、「お金を払っている方」が
優位に立てるみたい。それをみんなが当たり前のように
思っているみたい。それが、とても不思議。
お金がなければ困るけど、提供されるサービスが
なくたってすごく困る。電気が止まったら、
ガスが止まったら、電話が通じなくなったら、
服が買えなくなったら、パンが買えなくなったら、
お店でごはんを食べられなくなったら。
どんなことも「当たり前」だと思ったら、人は
いくらでも傲慢になれる。人を堂々と責めたりできる。
でも、何かがあったときに、
「そういうこともあるよね」
って考えられる人はいて、私はそっち側にいつもいたい、
と思っています。だって、「枠」というものをはずしたら、
人対人なのだから。人としてどうか、っていう基準しか
ないはずだから。


写真は、ぶどう。お皿はこの間京都に行った時
「葡萄ハウス家具工房」で買ったもの。
ぶどうを育ててくれた人、ここまで運んで
売ってくれてる人に、感謝。



| ミキの「私的雑記」 | 06:15 | - | - |
自由に、自由に
JUGEMテーマ:自己実現
 


こんにちは。ミキです。
先日、京都に帰ったとき、私は何だか本当に幸せでした。
毎日、のんびり自由で、好きにしてよくて、
何の心配もなくて、楽しくて。
自分が、子どもの頃に戻ったみたいな感じがしました。
子どもって、こんな自由で気持ちのいい世界に
住んでいるんだな。
そりゃ毎日楽しそうにも、笑顔にもなるなあ。


みんなで温泉に行った時、「陶板浴」(暖かい板の上に
寝そべるサウナのようなところ)という所があって、
店主のお母さんに
「ひなちゃんは見ててあげるから行っておいで。
すごく気持ちいいんだよ〜」
と言ってもらい、お言葉に甘えて初体験させてもらう
ことにしました。
中にはずらりと陶板が並び、ほかに入っている人は
一人しかいなくて、しんと静かでした。
寝転がっていると、じわーんと体が温かくなってきて、
本当に気持ちが良くて、
「なんか、すごい、しあわせだ・・・」
という、幸福感がわーっと押し寄せてきて、
ぼんやり天井を見上げながら涙がにじんできました。


ここ数年、私は自分にこんなふうにしてあげたことが
あっただろうか。仕事をしていて小さな子どもがいたら、
いつも自分のことは後回しになる。
こんなにいつも「まず自分が大事」って言ってる
私ですらそうなる。
多くの人は、自分に厳しくすることが
自分の心を鍛えると思ってる。
でも本当は、自分を大切にすることが、
一番自分の心を強くするんじゃないかな。
だって今、本当に気持ちが良くて、自分の心と体が
ものすごく喜んでいるのが分かる。
そんな自分の中から、「よ〜し、やるぞ!」
というものすごいエネルギーが湧いてくるのを感じる。
やりたいことは何だってできそうな気がしてくる。
自分で、自分のことを労わってやること。
自分が何が好きなのか、何をしたいのかという
自分の心の声をちゃんと聞いてあげること。
今はこうしてお母さんに促されてここにいるけど、
本当は、いつもまず自分が自分のことを
大事にしてやらないといけないんだ。
だって、自分のことを一番よく分かっているのは、
自分なのだから。


これから私は自分のことを、もっともっと自由に、
好きなように生きていけるようにしてあげたい。
それは悪いことでも何でもない。
きっといつか、あんなふうに、何の心配もなく、
のびのび、自由に毎日を過ごせるようになる。
そしてもしそれが叶ったら、たくさんの人に、
そんな風に思ってもいいんですよ、
って言ってあげることができる。


写真は、さるすべりの花。濃いピンクがきれいです。
| ミキの「私的雑記」 | 06:26 | - | - |
楽しく、楽しく
JUGEMテーマ:自己実現

 


こんにちは。ミキです。
私はどうやって生きるか、幸せってどういうことか、
ということにすごく興味があるし、毎日そんなことを
考えています。だから生き方に関する
様々な本も読むのですが、その中で、
スピリチュアリズムって、いいこと言うな〜と
感じるものがあったので、ずっと共感していたのですが、
最近、ちょっと違うような気がする・・・
と思うようになりました。
他の部分では特に違和感はないのですが、
「仕事」のとらえ方について。
スピリチュアル的には、仕事にいやなこと、辛いことが
含まれているのもお給料のうちで、その辛いことを通して、
自分に足りないもの、欠けているものを知る、という
考え方のようです。人生は修行で、様々な体験を
通して、自分という魂をよりきれいなものにしていくのだと。


だから、私もずっと人生は修行、と思って、
つらくていいんだ、それを乗り越えるからこそ、
得られるものがあるんだ、という考えで
やってきたところもあるのです。
しかし最近、本当にそうかなあ、という
疑問が生まれてきました。
いやだと思いながらやる仕事に、
敬意が生まれるだろうか。
その考え方って、仕事にすごく失礼じゃないだろうか。
人は、いやだと思うことをするのに、力なんて出てこない。
その反対に、好きなこと、やりたいことをやろう、と
考えただけで、ものすごいエネルギーが生まれてくる。
自分にとって、これだ!ということを思いついたときの、
あのお腹の底から湧き上がってくるようなわくわく感。
しかも、何に対してそのわくわく感が生まれるか、
っていうのが、人それぞれ違うなんて。
それは正に、神さまが一人一人に「正解!」って
言ってくれてるような気がするのです。


だから最近は、人生は楽しくていいんだ、って私は
思っています。だって、私はひなこが楽しそうに
生きている姿が大好き。わがままだけど、生き生きしてて、
楽しそうで、毎日笑顔で。その姿を見るだけで、
うれしくなるし、元気になるし、幸せになる。
人が、自由に楽しそうに生きている姿を見せることって、
いちばん周りの人を幸せにすると思う。
そして好きなことをしていて幸せな気持ちでいるとき、
その人らしさ、その人の良いものが
一番表に出てきていると思う。
やりたくないことにもがっちり立ち向かって、つらそうに
してる姿を見ているのは、くるしい。
もちろん、やってきた試練は乗り越えなくては
ならないけど、いやなことを無理にはしてほしくない。
したいことを、楽しそうにやりながら生きていく姿を見たい。
神さまも、そんなふうに思ってるんじゃないかな。
無理をして、自分を殺して苦しんでる姿を見たいなんて
決して思ってない気がする。


人は、誰よりもまず自分のことを大事にしてあげなくては
いけない、と最近思います。日本は特に、辛抱や勤勉さが
美徳とされているから、無理をしすぎたり、自分の楽しみを
後回しにしたりしてしまいがちだけど、自分が
幸せに、楽しそうに生きることが、結局は世の中のために
なると思います。そうやって生きて初めて、他の人の
幸せを心から願うことができるようになる気がするから。
試練を、乗り越えよう、とがっちり立ち向かうより、
試練を試練なんて感じないくらい、ポジティブな
エネルギーを充電していることが大事な気がします。
そのためには、心が自由で、好きなことをいっぱいにして、
楽しく生きていなくては!と思うのです。


写真は、あじさい。大好きです。
なんて綺麗。見とれます。
| ミキの「私的雑記」 | 06:01 | - | - |
ひなこ、五歳。
JUGEMテーマ:育児





こんにちは。ミキです。
ひなちゃん、ついに5歳になりました。
1歳くらいまでは、ぽ〜っとしている普通の
かわいい女の子でしたが、しゃべりだしたら
とんだ女番長です。
一番好きなあそびは「たたかいごっこ」。
新聞を丸めて作った剣でビシバシ人を
ぶったたきます。かと思えばお姫様願望が強く、
毎晩お風呂あがりはバスタオルを巻いて
お姫様に扮し、鏡の前でポーズをきめてうっとり。
一日中しゃべりまくり、「あれっ、静かだな」
と思って見てみると、こっちに向かって
白目をむいてツッコミを待っていたりします。
芸人と暮らしているみたいです。


まさかこんなパワー全開な娘がやってくるとは、
予想だにしていなかったけど、
私はこの子が大好き。
このものすごいエネルギーにぶんぶん
振り回されっぱなしだけど、ひなこがいるから
家族三人、どんなときでも笑って、
明るく楽しく生きてこれたし、そうやって
生きていくことの素晴らしさ、大切さも知った。
この子を毎日、ぎゅっと抱きしめられるのがうれしい。
ムチムチでぷにぷにの、重たいからだを
抱っこできるのがうれしい。


ひなこを見ていると、この子は何にも囚われて
いないんだな、と思う。
朝起きたらまずベランダに向かってしゃぼん玉を
飛ばして遊び、その後好きなDVDなどを
見ながら朝ごはん。(今は毎日「もののけ姫」)
元気に保育園に行って遊びたおして(迎えに行くと
いやそうな顔をされる。無視されたりする。
「おむかえにくるのがはやい」らしい・・・)
帰ってきたらおやつを食べてごっこ遊び。
(もちろん今は「もののけ姫ごっこ」。
サンになったひなこと戦わされます)
お風呂でもふたつのお人形を駆使して遊びまくり、
出たら出たで倒れている姫に扮し、寝る前は
本を読むか創作のお話しをさせられます。


毎日毎日、ただ楽しそうで、何一ついやそうじゃない。
この子は、好きなことしかしていないんだな。
そういうのっていいなあ。そんなふうに生きていけたら、
人生は楽しいものでしかないなあ。
大人になると、どんどん「しなきゃいけない
いやなこと」が増えて、そのうちに人生そのものが
そうなってしまったりするけど、
本当はそうじゃないはず。こんなふうに、
好きなことばっかりしてたっていいんじゃないかな。
だって、毎日幸せそうにしているひなこの姿が、
一番私たちを幸せにするから。それを見ているだけで、
周りの人達を元気にさせるから。


ひなこがそのままで、楽しいことで毎日を
いっぱいにして生きていけるようにしてあげたい。
望むことはただそれだけ。
人生は楽しいものだって思いながら生きていってほしい。
この子ならそれができると思うけど、
そのためにもまず、自分達が、毎日を楽しく
生きていく姿を見せることだなと思う。
ひなちゃん5歳おめでとう。
愛してる愛してる愛してる。



| ミキの「私的雑記」 | 06:13 | - | - |
明るいほう、うれしいほう



こんにちは。ミキです。
以前、『なかなか挨拶してくれない人に
挨拶してもらえるようになった』(2月15日)
と書いたことがありましたが、
ある日、いつものように朝会う人達に
挨拶しながら、「これで心にひっかかかることが
何にもなくなったなあ・・・。あとはみんな
笑顔で挨拶してくれる人ばかりだし」
と考えていると、あれっ、と思いました。
以前の私は、この、
『いつも笑顔で挨拶してくれる人たち』
のことを、全然考えていなかったんじゃないか、
と思ったのです。


ある一人の人が挨拶してくれなかろうと、
そのほかの人達は、毎日、会うたびにあんなに
笑顔で挨拶してくれていたのに、私の心の中は
『挨拶してくれない一人』のことで
一杯だったんだなあ。
人って不思議。9のいいことがあっても、
1の気にかかることのために、心は1のこと
で一杯になってしまう。どうして、いやなこと、
気にかかることのほうが、人生のメインみたいに
なってしまうんだろう。
そんなの自分だっていやなはずなのに。


自分でも気づいていないような
そういうこと、一杯あるんだろうな。
でも、それってもったいないなあ。
ほんの少しの気にかかることのために、
そのほかの、たくさんのいいことやいい人が
見えなくなってしまうなんて。
でも、それに気づいたのだから、
これからは、『たくさんのいいこと』の
ほうを見ていきたい、と思いました。
愚痴や文句はいくらでも人は言えるけど、
その出来事が起こる前、何も起こらないことに
ちゃんと感謝できていたかどうかを聞かれたら、
誰も何も言えなくなるんじゃないかな。
何か起こったときだけ文句を言うなんて、
ずるいかもしれない。


挨拶してくれるようになったのは本当にうれしい。
でも、してくれなくたって、本当は大丈夫だったはず。
ほかの、いつも笑顔でいてくれる人達に
ちゃんと感謝できていたら。
そっちのほうに目を向けていたら。
これからは、明るい方、うれしい方を見ていきたい。
そっちを、人生のメインにしたい。
それは、自分で選べるのだから。


写真は、お店に行く途中に咲いている、ミモザ。
この黄色と葉っぱのみどりの色の組み合わせが大好き。
| ミキの「私的雑記」 | 06:31 | - | - |
問題の解決方法



こんにちは。ミキです。
以前「どうしても挨拶してくれない人がいる」と
書いたことがありましたが(11月23日)、驚きの展開が。
この間、またすれ違う機会があったので、
「おはようございます」と挨拶してみたら、
「・・・おはようございます」
と、挨拶してくれましたびっくり
あれっ!挨拶、した!?
気のせいかな、と思ったのですが、その後も
二度ほどすれ違うことがありましたが、どちらも、
ちゃんと挨拶するか、私の挨拶に応えて会釈
してくれました。
か、かんどー!!


彼女の中で何があったかは分かりませんが、
とりあえず、私を無視することをやめたんだ、
と思うと、本当にうれしかった。
それはたぶん、私の中で初めて、問題というものが
理想的に解決した瞬間でした。
最初の頃は本当に、「どうして?」「なんで?」で
頭の中がいっぱいで、それで一日悩んだり
暗くなったり、腹を立てたり、もう
ぐるぐる翻弄されていたけど、
お店を始めてからはいろいろ考え方が変わって、
どうしたら、本当にこの問題を解決できるのか、
というように考えるようになりました。


たぶん、こんな問題はこれからも起こるし、
いつかひなこにも起こるだろう。
この問題をどう解決するかが、
同じことがひなこに起こったときに
どうアドバイスしてあげるかの答えになる。
そう思うと、若い時みたいに友達とお茶を飲みつつ
ぶーぶー愚痴っている訳にはいきません。
どんな問題も、自分の中で腑に落ちる考え方、
やり方に行き着けば、問題でなくなる瞬間が
くるから、そこに辿り着くまで、日々心の中で
あれこれ考えました。


無視されるのは悲しいけど、相手を嫌いなんじゃないし、
嫌っても、結局自分は楽にならないことも知ってる。
なので、どうしてそんなふうになったのか、
彼女のことをいろいろと考えてみました。
(もちろん、私が何か彼女にしたのかな?という
可能性もあれこれ考えた上で。)


話したこともない私を一方的に無視するなんて、
とにかく何かに腹を立ててるんだろうな・・・。
毎日が大変すぎて手に負えないのかもしれないし、
何かつらいことがあって傷ついてるのかもしれない。
人に攻撃的になるのは、傷ついてる人だから。
本当は、朝私に会ったくらいでいらいらしたりしないで、
普通に挨拶できたほうが本人も楽だろうに。
そんなふうにあれこれ考えていたら、なんだか
気の毒になってきて、(彼女にとったら失礼かも
しれないけど・・・)
「がんばれ!応援してるぞ!」
という気持ちになってきました。
そこまで辿り着いたときに初めて、自分の心が楽に
なりました。そうか、これか!


それからは、会ってもこちらからはできるだけ
挨拶はして、「敵じゃありませんよ〜」と
いうことだけは伝えつつ、心の中で勝手に
(がんばれがんばれ)と応援していました。
そう言いつつも、無視されればやっぱり落ち込むし、
時には無理矢理自分に言い聞かせてるところも
あったけど、そうするのが一番、自分が
恥ずかしくない、こうありたい、っていうやり方だから。
そうして、彼女のことにもあまり振り回されなくなって
きた頃、ある日突然、挨拶してくれるようになりました。
うれしくてうれしくて、逆に今では本当に感謝しています。
今回のことで、問題の解決方法っていうのが
初めて分かった気がするから。
どんな問題も、神さまの課題。
落ち込んだり文句言ったりしないで、
ただ解決方法を必死で探せばいいだけ。


上の写真は、玄関に生けているチューリップ。
しかしこれと同じチューリップを居間に置くと・・・





・・・。全開にもほどがあるぞ!




| ミキの「私的雑記」 | 08:05 | - | - |