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花鳥風月通信

自慢のおいしいスパゲティ
高円寺「花鳥風月」の公式ブログ
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ひなこのお誕生日
こんにちは。ミキです。
先日、4月24日は娘ひなこの
二歳の誕生日でした。
3月は店主の誕生日、4月はひなこの、
5月は私、と、うまい具合にお誕生日月間が続くのです!
ちょうどよく月曜日でお店が定休日だったので、
みんなで新宿御苑に行ってきました。
芝生の上でお弁当を食べて、ボールで遊んで、
アイスクリームを食べて。
新緑の新宿御苑はすばらしかったです。
東京に住むなんて思ってもいなかった頃は、
「東京なんて人が一杯でごちゃごちゃしてそうで
住みたいとは思えないな〜」と
思っていたけど、こういうところに来ると、
東京もなかなかいいものだなあ、
という気持ちになります。


そうして夜もみんなでごはんを食べて、
ケーキでお祝いして(せっかくいちごの
ショートケーキを作ったのに
ひなこはいちごしか食べなかった・・・
しかもケーキの上にのったいちごを
すべて食べたので、私たちが食べたのは
ただの白いケーキ)
おたんじょうびプレゼントを渡して。
ひなこは昼寝もせず、夜もなかなか
寝ようとしませんでした。あんまり楽しくて、
一日が終わるのがいやだったのでしょう。


翌日、保育園に連れていくと、案の定、
泣きに泣きました。号泣です。
ひなこはたくましくて、もっと小さい頃から保育園に
預けていますが、そんなに泣いたことはありません。
こっちが拍子抜けするくらい、朝連れて行っても、
自分から保育園の先生に抱かれにいって、
ばいばーいと手を振ってくれるような子でした。
それでも、楽しかったお休みが終わって、
またいつもの離れ離れの生活が
始まってしまうのが悲しいんだなあ・・・。
その気持ち、すっごくよく分かる。
「おかーしゃん、おかーしゃん」
と言って抱きついて離れないひなこをぎゅっとしながらも、
それでもこんなふうに泣くのは悪くないな、
って私は思うのです。


私にとって家族が大事、という話は以前にもしましたが、
大学生の頃のことです。
夏休みだったか、成人式だったか、
とにかく京都に住んでいた私が
実家に帰っていて、数日間実家で過ごしたあと、
再び京都に帰るために電車に乗っていました。
いつものことなのですが、実家を離れるときは
すごくすごくさみしくて、
駅まで送ってくれたお父さんの顔や、
外に出て、お父さんの車に乗った私に
手を振ってくれるお母さんの姿を
思い出すと泣きそうになってしまいます。


どうしてこんなに家族が大事なのに、
側にいてあげられないんだろう。
どうして遠い大学に通って、離れて暮らして、
こんなふうにたまにしか会ったりできないんだろう。
その時は、大学を卒業しても
私が京都で働くことが決まっていて、
余計にそんなふうに思って悲しくなって、
窓の外を見ながら涙が止まらなくなってしまいました。


私が帰る電車は夕方で、ちょうど乗っている間に
どんどん日が暮れていきます。
電車の中から見る夕日はすばらしくて、
毎回その美しさにじっと見入ってしまいます。
私は泣きながらその夕日を見ていて、
ああ、でもこれって、心をたくさん
使っているってことだなあ、とふと思ったのです。
感動するってことは、うれしいときや
たのしいときだけじゃなくて、悲しいときも、
つらいときも、心が動くってことでは
同じなんだなあって。
こんなふうにさみしくて泣いたり、
夕日を見てきれいだと思ったり、
そうやってたくさんたくさん心を使うことが大事なんだ、
とそのとき思ったのです。


だから、ひなこにもそうやって、
たくさん心を使ってほしいのです。
そうすることが、きっとひなこの心を豊かにするから。
私はお店屋さんの子だったから、
かまってもらえなくてさみしい気持ちがよく分かる。
でもその分、家族で一緒にすごす時間が
宝石みたいになることも知っている。
大切なのは、ただ長く一緒にいることだけじゃなくて、
一緒にいられる時間を大事にすること。
まだ二歳のひなこには難しいと思うけど、そんなことを
ひなこに教えていけたらいいな〜と思うのでした。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 22:56 | - | - |
結婚記念日
こんにちは! ミキです。
すご〜く私事ですが、今日、4月19日は、
店主と私の結婚記念日です。
いつの間にやらもう七年がたちました。
付き合い始めてからは十年になります。
十年あると、本当にいろんなことがありますね。
本当に、結婚はゴールでもなんでもないです。
結婚してからのほうが
たくさんたくさんいろんなことがあります。
だから、結婚というのは、一緒にいて楽しい人、
一緒にいるとがんばれる気がする人と
するのがいいんじゃないかと私は思います。
つらいことや苦しいことは絶対あるし、
そういうときでも一緒に笑うことができれば
大丈夫だから。


思い返してみれば、将来のことで悩んだり、
東京に出てきて店主が会社員になって、
毎日夜中に帰ってくるような生活に
なってしまったり、その仕事をやめて
二人でお店を始めることに決めて、
まだ赤ちゃんのひなこをベビーカーに乗せて、
冬のさむいなか、電車を乗り継いで
あてもなく物件を探し回ったり。
今から思うとよくやったな〜と思うことでも、
どんなときでも楽しかった。
たくさん泣いたことも、
ほんとに苦しい時期もあったけど、
いつでもしあわせでした。
それだけはずっと変わらなかった。


店主に出会ったのは大学生のときだけど、
初めてのデートのとき、隣にいるだけで、
私はまるで小さなこどもみたいに、
ぴょんぴょん飛び跳ねたいような気持ちでした。
うれしくて、うれしくてうれしくて。


今も、そのときと同じ気持ちです。
店主の好きなところ、いいところはたくさんあるけど、
その気持ちがすべてです。
これからも、きっといろんなことがあると思うけど、
どんなときでも一緒に笑っていたいし、
店主とならそれができると思っています。
だから、一緒にいられる時間を大事にしよう、
こうして一緒に仕事ができることに感謝しよう、
っていつも思います。
そして、私がそうであったように、
ひなこが「結婚っていうのはいいものだ」
としか思えないくらい、
ずっと仲良しの夫婦でいたいなあ・・・と思うのです。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 22:46 | - | - |
私が目指すもの
こんにちは。ミキです。
三月十八日の朝七時、父が亡くなりました。
病院で、お母さんとお姉ちゃんと
私とひなこに囲まれて、
静かに息を引き取りました。
お父さんの苦しみが終わることにほっとしたけど、
それでも胸が痛くて痛くて、
息をするのが苦しかった。


毛布にくるまれたお父さんを乗せた車で
うちに向かいながら、これが、回復して
うちへ帰るんだったらどんなにうれしいだろう、
と思いました。
うちに着いてから、ここ数日は病院を
行ったり来たりでうちの中が片付けられなかったので
慌てて掃除をして、私は二階の床をみがきながら、
ひなこを産んで、退院してきたときのことを
思い出しました。
私は実家に帰って出産したのですが、
退院するときはちょうど新緑の季節で、
一週間ぶりに病院を出ると
山が緑でもこもこになっていました。
すごくいい天気で、暖かくて、
私とひなこはお父さんの運転する車に乗って
うちに向かいました。
山の緑や、川の流れがすごくきらきらして見えて
幸せでした。うちに着くと、
家中がひなこのためにぴかぴかに掃除されていて、
夕ご飯には私の好きなものがずらりと並んで、
お父さんもお母さんも私もうれしくてにこにこして、
ひなこを囲んでみんなで乾杯しました。


そんなふうに、そんなふうに
お父さんを迎えてあげたかった。
そんなふうにしてあげられたらよかったのに。
こうなってしまったのは寿命だし、
不運でも不幸でもない。
いつかは誰もが死ぬんだし、人生は修行で、
死後の世界のほうが
もっといいものだって私は思っているけど、
それでもそう思うと涙が止まらなかった。
あれは、ほんの二年前のことなのに。
健康で、何でも食べて、仕事もして、
ひなこを抱っこしてくれたお父さんは、
もう思い出の中にしかいなくなってしまった。


料理が上手で、車の運転が上手で、
ゴルフもスキーも上手でした。
植物が好きで、家族思いで、
そして何より、本当にやさしかった。
生まれたばかりのひなこが
夜中にどうしても眠らなくて、
ようやく寝たかと思ってふとんに寝かせると
また泣いちゃうし、もう一体どうすりゃいいの? 
と途方にくれていたら、
隣の部屋で寝ていたお父さんがすっと
戸を開けて入ってきて、ひなこをさっと抱き上げて、
「お前はもう寝なさい」と言って出て行きました。
寝不足だった私は安心してそのまま朝まで
ぐっすり眠ってしまい、目を覚ましてから慌てて
ひなこを探しにいくと、お父さんのベッドで
一緒に眠っていました。お父さんはあれから明け方まで
ひなこを抱っこし続けて、
最後は疲れて一緒に寝てしまったそうです。
その日もお父さんは仕事があったのに。


お通夜にもお葬式にも本当に、
びっくりするくらいたくさんの人が
来てくれて、そのことがすごく誇らしかった。
お父さんの人生は決して派手ではないし、
挫折したり、苦労したりもしただろうけど、
きっと何にも恥ずかしくないものだと思いました。
人は自分以上のことをしようとしたり、
何か大きなことを成し遂げようと
必死になったりもするけれど、本当は、
ただやさしいってだけで充分なのかもしれないって、
そう思いました。
少なくとも、私達家族はそれだけでうんと幸せでした。
かっこいい人生や、華やかな人生や、
いろんな人生があると思うけど、
私はお父さんみたいに、人のために、
自分の愛情や時間を惜しみなく
与えることができる人になりたい。
そういう人生を送りたい。
それは今の私に欠けているものだから
大変だと思うけど、いつか死ぬときには、
そういう意味で恥ずかしくない人生でありたいです。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 06:48 | - | - |
お父さんのこと
こんにちは。ミキです。
私は再び実家に帰ってきています。
またお店を留守にしてしまうこと、
本当に申し訳ありません。
お花はちゃんと生けられているか、
掃除は行き届いているか、
心配なことは山ほどありますが、
花鳥風月の味だけは店主がきちんと
守ってくれているはずなので、どうかご容赦ください。


前回、病気の父が心配で実家に帰った際、
私が帰ったその日に
再び入院することになってしまい、
今もまだ病院にいます。
うちにいて、誰もいないお店や厨房に立っていると、
本当に寂しい気持ちになります。
オーブンの扉をなにげなく開けてみたら、
汚れた受け皿が洗わないままそこに
ありました。いつも営業が終わったあとは、
父は厨房の隅々まできれいに掃除していたのに。
年末の営業が終わった時点で
お店は閉じられたままなのですが、
そのときにもう父はよっぽど
しんどかったんだなあ、と分かった気がしました。


病院で横になっているお父さん
(すみません、このほうが呼びやすいです)の
手を握っていると、言いたいことがたくさんあるのに、
胸がいっぱいになってしまって
何も言えません。握っているその手が
暖かいってことだけで、
涙がぼたぼた落ちてしまいます。
私はお父さんが大好きで、
昔から相談事はいつもお父さんにしてきました。
厨房の隅っこにある台にちょこんと座って、
お父さんが注文の品をどんどん
作っていく様子を見ながら、
学校のことや、バイトのことや、友達のこと、
たくさん話しました。
そしてお父さんはいつでも、
私に一番必要な言葉が分かっているみたいに、
いろんなことを教えてくれました。
お父さんと話していると、
いつも元気が出てくるのです。


この間、花鳥風月の厨房の隅で
座ってまかないを食べているとき、
スパゲティを作る店主の様子を見ながら、
自分の見ているものが
小さい頃とほとんど同じものなのに驚きました。
そして、それがすごく幸せだったってことに
気が付きました。私の幸せの原点は、
お父さんのいる厨房の隅っこだったってことに。


ほとんど食べられなくなってしまった
お父さんを見ていると、ダイエットなんて、
本当にどうでもいいものに感じます。
だって、食べられるってことは、
生きてるってことだから。
おいしいものを食べること、
食べたいって思えることは、
健康だってこと。それだけで幸せだってこと。
健康を害するほど太るのはよくないけど、
たかだか2,3kgのダイエットのために
おいしくもないダイエット食品を食べてるより、
着やせして見える服を探すほうが
よっぽど真っ当な気がします。
食べたくたって、病気になれば
制限されたものしか食べられなくなるのに、
健康なうちから「食べたいものを何でも食べられる」
っていう特権を放棄してほしくないです。
本当に、生きて、健康でいるんなら、
太ってることなんてどうだっていい。
それが家族の気持ちだし、家族の気持ち以上に
大切なことなんてあるのでしょうか。


前回実家に帰ったときは、
ちょうどバレンタインデーだったので、
甘いものが好きなお父さんに
チョコレートケーキを作っていきましたが、
もう食べてもらうこともできなかった。
健康な人間がすべきことは、
おいしいもの、食べたいと思うものを、
食べられるうちに、好きな人たちと一緒に
楽しく食べることだけなのかも、と今は思います。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 06:42 | - | - |
決心
店主です。
妻ミキと娘ヒナが実家に帰っているため、
今週はアルバイトの子達と頑張っております。
娘のあのやわらかくすべすべのほっぺを
長らく触っていないので
ちょっぴり寂しい気分です・・・。


家族全員が揃って毎日過ごせることが、
どれだけ幸せなことか、このたった数日だけででも
じゅうぶんに知ることができました。
妻や子のためだけでなく、親たちにも
少しでも恩返しできるようになれたらいいなと
思いながら、まだまだ自分たちのことで
精一杯、情けない限りです。


数日前に起こった「額縁盗難事件」・・・
人間は誰しも完璧ではないし、
自分たちも人の事をとやかく言うほど、
たいした人間でもありません。
京都で家族と共にお店を営んでいた時や
会社員でいた頃は、本当に未熟で、
自分勝手だったかも知れない。
でも少なくとも今は、自分の道を見つけた気がするし、
このまま頑張れば、いつか人の役にたてる人間に
なれるかも知れないとか思って、
未熟ながらも生きがいを感じながら毎日過ごしています。


妻のお父さんが病気になられてずいぶん
経ちますが、僕が独立を決心したのは、
他でもない、お父さんの厨房に立つ姿を見たからです。
腰に白いエプロン、
強火でフライパンを振るお父さんの姿。
一度は飲食業の夢を諦め、数年間はサラリーマンを
しておりましたが、お父さんのあの姿を見たから、
今の僕がいます。
しかし、もうその姿を見ることは
できないかも知れない・・・。


僕は絶対やってみせます。
口ばっかりで結果が伴わない僕たちですが、
見ていてください。
花鳥風月は最高の店です。
そしてこれからも
もっと素晴らしい店であり続けます。
| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 06:59 | - | - |
両親のこと
こんにちは。ミキです。
以前ここでも書いたことがありますが、
私の両親はレストランを経営しています。
夫婦ふたりでできるくらいの小さなお店です。
毎日ふたりで働きながら、私を育ててくれました。
それでも今、そのお店はお休みしています。
年末から体の具合の悪かった父が
入院していて、つい先日退院することが
できたのですが、しばらくは通院して
治療していかなくてはなりません。
私が生まれる頃からやっているお店なので、
もう三十年近くたちますが、
その仕事を休まなくてはいけない両親の
気持ちを思うと胸が痛いです。
もし、店主に何かあって花鳥風月を
しばらくお休みしなくてはならなくなったら、
どんなにさみしいことだろうと、
まだお店を始めて一年も経っていない
私でも思うからです。


そう思うと、家族みんなが健康で、
父や母が元気に、当たり前に働いている
毎日というのは、後から思えば
本当に宝物なのだと感じます。
病気がすべて悪いことではなくて、
病気になったり、いつかは誰にでも
死が訪れるのは当たり前のことで、
だからこそ、健康なうちに、本当にしたいことを
しなくてはいけない、と強く思います。
幸福な子ども時代が一瞬で過ぎてしまうように、
人生はしたいことをする分だけの
長さぐらいしかない気がするからです。


だから今は、毎日店主と一緒にお店に立てることが
本当に幸せだし、どんな日でも、一日一日が宝物です。
そしてそんな風に思えるのも、
一生懸命働く姿をずっと見せ続けてくれた
両親のおかげです。
それでもお店がある限り
ここを離れる訳にはいかないから、
二人にしてあげられることが
何もないのが悲しいです。
ここにいながら少しでもできることを
考えていきたいです。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 19:59 | - | - |
愛情
うちの娘も今年の春で2才になります。
はやいな・・・
最近はよく喋るようになり、「おいち〜ね」「
あ〜ちゃん(母ちゃん)」「だっこしたい〜」
(して〜の間違いだと思われます)など言っております。


子どもは、時間やお金の概念とかがなく、
人を見た目で判断したりということがありません。
過去(の記憶)にとらわれることもなく、
いい意味でさばさばしていて、
悩みを引きずるということもありません。
人は、大人になるに従って、生きる上で必要な知恵を
身につけていくうちに、その間違った使い方まで
覚えてしまっているような気がします。


かといって、大人の「子ども化計画」を
奨めている訳ではありませんが。
親が子どもを見る目、さらに言うと
祖父母が孫を見る目というものは
(残念ながら全ての人がそうではないですが)
なんと汚れのないものなんでしょうね・・・
まさしく無償の愛。その子の健康と幸せをただ祈る。
なんの見返りも求めない。


僕も、子育てや仕事からたくさんのことを
学ばせてもらっていると感じています。
夢や目標を持つこと。それに向かって行動すること。
苦難を乗り越えるために辛抱・努力すること。
決して諦めないこと。仕事と土地、日々出会う人に
感謝の心と愛情を持つことの大切さ。


いつになっても答えは出ないけど、それが人生。
いつかきっと、そう信じ続けることで、
目指すところへ連れて行ってくれると思っています。
日々精進。
| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 20:23 | - | - |
こどもと出かけるということ
こんにちは。ミキです。
私は今、図書館から借りてきた
イギリス賛辞的なエッセイを読んでいるのですが、
なんか読んでいるといや〜な気持ちになります。
同じイギリスに関するエッセイでも、
高尾慶子の「イギリス人はおかしい」
などのほうが断然好きだし、読んでいて
楽しい気分になります。タイトル通り、
イギリス人のことを散々言っているのですが、
それでもイギリスへの本当の愛情を感じます。
今読んでいる本のように、
「イギリスではこんなふうにすばらしい
システムや思想があるのに、
それにくらべて日本は・・・」と言い切られ続けると、
みんな同じじゃないじゃん・・・
と反発したくなるのです。


その中で特に気になったのは、
休暇の過ごし方の違いについて書かれたもので、
「子ども優先の日本では旅は子どものための
ものになり、旅行中でも大人が子どもに尽くし続ける
図式ができあがってしまった。
たとえ大人が美術館に行きたくても、
子どものためにテーマパークに行ったりするのが
大人の良識ややさしさだと日本人は信じて疑わない。
これでは大人がゆっくり本を読んだり、
夫婦単位で人と新しく知り合ったりできるわけがない」
というものです。


この人は子どもが
いないのかもしれないなあ・・・。
確かにいない人からしてみれば、
子ども連れでぎゃーぎゃーいいながら
出かけてる人たちって、せっかくの休日に
子どものご機嫌とって大変だね、
というふうに見えると思うもん。
私も自分が子どもを産むまでは、
ニュースで休日の行楽地の映像なんかを
見ると、なにもこんな人が一杯のとこに
子連れでいかなくても・・・
大変そうだな〜と思ってました。
それでも、お店を始める前のあるお天気のいい日、
ちょうど上野動物園が無料で入れる日があって、
せっかくだしがんばって行ってみようか、
と三人で出かけたのです。


動物園は無料だけあってものすごい人で、
確か五月だったけど夏みたいに暑い日で、
人込みの中をベビーカーで進むのも大変だったのに、
とにかくすごく楽しかったのです。
そして初めて、子連れで出かける人たちの
気持ちが分かったのです。
あの人たちは、自分もちゃんと楽しかったんだって。
子どものためにいやいや出かけてるのでも、
無理や我慢を重ねてるんでもなくて、
他の人にはただ大変に見えても、その人たちは
それ以上に得ているものがちゃんとあるんだって。


その日のことを思い出してみても、
ちょうど歩きはじめたばかりのひなこが、
動物園の手前にある新緑の公園のなかを、
こっちに向かってちょこちょこ歩いてくる姿や、
初めてみるきりんやしろくまを指差して、
「おお〜」と言ってる様子、
初めて食べるかき氷をすごく気に入って、
何度も食べさせてほしがったこと、
ベビーカー連れで電車を乗り継ぐことだけでも
大変だけど、後になって思い出すのは
そんなことじゃなくて、
ひなが笑ってたこと。
それを見て、私たちがうんと楽しかったこと。
大人の良識としてとか、
子どものことを一番に思って、とかいう
きれいごとではなくて、ただ単純に、
愛してるから、こどもの喜ぶ姿が見たくて、
そしてそれを見るだけで
自分も幸せな気持ちになるってこと。


私は、子どもが家族と一緒に
テーマパークを楽しめる時期なんて、
本当に短い間だけだと思っています。
だからこそ、みんなで一緒に
いろんなところに行ってみたい。
子どもがある程度大きくなれば、
夫婦でどこへだって出かけられるし、
美術館だって映画館だって、
子どもも一緒に楽めるようにもなると思う。
もちろん子どもの言いなりになるのが愛情ではないし、
子どもがいたって夫婦が基本、
っていう考えは間違ってないと思うけど、
家族旅行って、そういう家族の思い出を
つくるものじゃないのかな。
この人には
「子どもを中心にしちゃってるふがいない親たち」に
見えるのかもしれないけど、その親の心には、
たくさんの愛情と、今しかないこの時期を
精一杯楽しもう、ってせつない気持ちが
詰まっていることも分かってほしい、
と思います。
子どものいる人生もいない人生も、どちらも
いいこともしんどいこともあるけど、
せっかく子どものいる人生を与えられたのだから、
それを思い切り楽しみたいと思うのです。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 18:11 | - | - |
家族のおかげ。
故郷の京都で母や姉とカフェをオープンしてから
もうすぐ10年になります。
(このカフェについては、いつかまた詳しく
書きたいと思いますが、1996年の3月のオープンにして
2001年の1月まで営業しました)


当時、僕は23才。家族だけでなく大勢のスタッフのいる
大バコのカフェで、そこの店長として働き始めました。
店長とは名前だけ。とんだとっちゃん坊やでした。
2年目くらいからようやく本格的に料理に取り組み始めて、
自分の溢れる才能には気づいてましたけど〜、
その頃から将来について悩むようになってきました。


店をたたんで、なんだか重圧から逃れたような気持ちで、
家族はまたそれぞれの暮らしへ、
そして僕らは新天地を求めて
ノコノコと東京へやってきました。

他業種を含め、会社員を(たったの)3年ほど
やりましたが、3年かけて自分を知って、
そのおかげでカフェ花鳥風月が
生まれたのだと思います。


お店はずっと続けられてこそ一人前だと思っています。
でも、たった4ヶ月だけど、今があるのは、
応援してくれる両親や兄姉たちの
おかげだと思っています。
この10年があって、今、自信を持って、
恐れずにお店をやっていられる。
この場をかりて、ありがとうと言いたいです。

花鳥風月を気に入ってくれるお客さんはたくさんいます。
友達みたいに話せるようなお客さんもいてくれます。
でも極論を言うと、お客さんの評価がどうであれ、
花鳥風月がやることはかわらない。


これからもカフェ花鳥風月は、
道なき道をゆくのであります。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 07:01 | - | - |
家族で生きる
またまたミキです。
先日、店主の両親が東京で行われる親戚の結婚式に
出席するため京都から出てきて、
お店にも寄ってくれました。
翌日のお店の定休日には、みんなで一緒に
ご飯を食べたり、娘と遊んだりして、
すごく楽しかったです。
人それぞれに一番大切と言えるものがあると思いますが、
私にとってはそれはいつも家族です。
小さい頃からずっとそうでした。

私の両親は小さなレストランを経営しているので、
土日も仕事だし、夕ご飯も私ひとりで
食べることが多かったですが、そのぶん
家族一緒に過ごす時間は本当に楽しかった。
お店を始めるにあたって、
娘にもさみしい思いをさせてしまうんじゃないかと
何度も考えたし悩んだりもしましたが、
私がつらかったことはなるべく娘にはしないように、
「お店屋さんの子」としての楽しさを
伝えてあげることはできるんじゃないかと
考えるようになりました。


さみしかったけど、自分は愛されて育ったということだけは
今でもはっきり言い切れるから、
娘がそう思えるように育てていくことができれば
いいんじゃないかと思うのです。
今は引退されていますが、店主の両親も
喫茶店を経営していたので、
私たちは自営業者のうちの子なのです。
お店をやると決めたとき、その大変さが分かるだけに
どちらの親にも反対されたり心配されたりしましたが、
今は応援してくれています。


以前少しだけ、店主が会社員を
していたときがありましたが、
本当にさみしかったです。
帰りはいつも遅いし、娘が生まれても
育児休暇も全く取れませんでした。
そのかわり、毎月決まった額のお給料やボーナスがある
暮らしが与えられていたし、
それが会社員だと言われればどうしようもないですが、
なんだか「生きているよろこび」というものが
どんどん遠くにいってしまうような感じがしました。
そして家族なのに店主も私も、別々の人生を
歩いているような気がしてきました。
家族が毎日一緒にごはんを食べることもできない暮らし
っておかしくないかな〜と感じ始めて、
ふたりで何度も話し合って、
花鳥風月を始めることになったのです。


そして今、やってほんとによかった〜と日々思っています。
朝起きても、休日の夜眠りにつくときも、何もいやじゃない。
今日はどんな日になるか楽しみ〜、
明日もがんばろうね〜といえるよろこび。
お金は史上最低にないですが、割と平気です。
すばらしい商店街のおかげで食費が
あまりかからないので生きてはいけます。
何より今は家族で生きている、って感じがすごくします。
生きるために家族が一緒にがんばって働く、
そういう基本的な感じが好きなのです。
昔はみんなそうだったんじゃないかな・・・と思います。
昔ばかりがいいわけじゃないけど、
生きる基本は家族だと思うから、
もっと家族ですごす時間を大切にする
社会になっていくといいなあ、と強く思います。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・家族 | 06:53 | - | - |