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花鳥風月通信

自慢のおいしいスパゲティ
高円寺「花鳥風月」の公式ブログ
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私の好きな本(エッセイ編)
こんにちは。ミキです。
私の好きなもの、それは、本。
一番好きな場所は、図書館と本屋です。
大きな本屋さんなんかに行くと、
うれしくて「きゃー!」と
心の中で叫んでいます。
小さい頃から、ずうっと本と一緒に生きてきました。
学校に行っても放課後はほぼ図書館にいて、
本を読んでいる間は、朝起きるとまず、
「ああ、あの本の続きが読める」と
思ってうれしくなりました。


小さい頃は同じ本を終わるまで
集中して読んでいましたが、
今はいろんな本を同時に読むのが好きなので、
いつも部屋には本が5、6冊散らばっています。
気に入った本は手元に置いておきたいので
処分できず、家にはどんどん
本が増え続けています。


大好きなのは、外国の児童文学なのですが、
エッセイもとても好きで、最近は
小説よりもエッセイを読んでいることが
多いです。特に好きなのは、
戸塚真弓著「暮らしのアート」
(ものすごい教養が感じられる・・・。
パリジャンの旦那さんを持ち、パリで
暮らしている方のエッセイ。すてきです)


塚本有紀著「パリ 食いしんぼう留学記」
(海外の留学記っていくつも出ていますが、
その中でもこれはすごく読みがいがあります。
フランスに興味があるので、フランス関係のものを
よく選んでしまいます)


あとは以前ここで書いたこともある、
高尾慶子著「イギリス人はおかしい」、
タカコ・H・メロジーのイタリアに
ついてのエッセイはどれも好きだし、
佐川芳枝著「寿司屋のかみさんうちあけ話」
(お寿司屋さんのおかみさんが書いている
エッセイで、ほかにも何冊も出ています。
働くことの喜びが感じられる、
すばらしいエッセイだと思う。
読むと絶対お寿司が食べたくなる。)


ほかにも堀井和子、よしもとばなな、田口ランディ、
石田ゆり子、林真理子、森茉莉、宇野千代、
山田詠美、森瑤子、たかのてるこ、伊藤まさこ・・・
なんだかこうして書いていくと、
なぜだかみんな女の人・・・。


そして、私が今、一番好きなもの、
新刊が出たら必ず買うものは、
銀色夏生の本です。
銀色夏生というと、よく知らない人にしたら
「ああ、なんかかわいらしい詩を書く人でしょ。
ミキさん好きそ〜」と思われそうだけど
(思わないか・・・別に)、
私はどちらかと言うと、詩よりも
彼女のエッセイが、もう、本当に好き。
つれづれノート(14巻まで続いていた
日記形式のエッセイ)が終わってしまったのが
残念ですが、これからもずっと、
こうして自由に、やりたいことを
どんどんやってみながら、
変わり者であり続けてほしいです。
そして、そこで感じたことを
報告しつづけてほしい。


今出ているおしゃべり本シリーズが
すごくおもしろくて、つれづれノートが終わって
これからどうしよう、と思っていたけど、
まだまだ楽しいものをたくさん
出してくれそうだな〜とわくわくしています。
これは銀色夏生が友人などとのおしゃべりを
そのまま本にしているもので、
私は雑誌でも対談を記事にしてあるものが嫌いなので、
どうなのかな〜と思ってました。
でも、それは対談の内容が
自分に興味のないものだから
おもしろくなかったのであって
(他人の恋愛話とか、そういうの)
おもしろい人の話は、しゃべり言葉で書かれていても
変わらずおもしろいんですね〜。


私は、彼女のクールさ、
本当のことしか言わない感じが好き。
たとえば死生観。人は、
やたらと死を悲しみすぎるってこと。
彼女の父親が亡くなったときのこと。
「私は、悲しみよりも、人生、を感じた。
そして、悲しみは非常に個人的な
ものであり、ひとりひとりがそれぞれに
解決しなければならないものだと思った。
人の生死に関しては、幸・不幸で
あらわすものではなく、それを超えた、
もっと静かで深淵で、透明で、中立なものだと思った」


人が何によって癒されるかはそれぞれだけど、
私にとって、一番心を慰めてくれるものは、
そういう客観的で冷静なもの。
一歩引いたところから全体を見ているような、
神さまの視点のようなもの。
悲しい出来事も、そこにあるのはただの事実で、
あとは自分の心の中だけの
問題だっていうような。


いま出ている「うらない」というおしゃべり本で、
(おしゃべり本の中でこれが一番好きかも)
「幻想よりも真実が好き。現実って、
それを見ることで夢が壊れるような
イメージがあるけど、現実の、
ありのままの世界を知ることで、
そこから本当の夢が見られる」ってとことか、
本当に、そうだよね〜って思う。
その会話に参加したい・・・というより
その会話に参加できるような
人間になりたい・・・という
気持ちで読んでいます。


だめだ・・・本の話になると延々と
書き続けてしまいそうなので
このへんで終りにします。
これからも、すばらしい本との
出会いがありますように。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 06:37 | - | - |
しあわせとは・・・
こんにちは。ミキです。
なんだか雨続きですね。
お客さんの飲み物の注文も、
温かいものが増えてきました。
お店も涼しくなってひと安心です。
電車通勤じゃない私にとって、
雨は決していやなものではありません。
静かなお店がより静かに、より世間からひっそりと
隠れてしまうようで、とても落ち着きます。
かといってお客さんが来ないのは困るんですけど・・・。


私は日々、しあわせってどういうことか
っていうことを考えます。
世間一般にではなく、自分にとってのしあわせ。
最近思うことは、よく親は
「子どもに苦労はさせたくない」って言うけど、
苦労のない人生は果たしてしあわせかな、
と思うのです。苦しいことがないと、
しあわせを感じる力が弱くなるような気がするのです。


例えば生まれてから一度も
お金に苦労したことがなかったら、
お金があるしあわせが分からないように。
それは親が必死に子どもに
お金の苦労をさせないように、と
がんばってくれた結果なのだとしても、
その親の必死の努力にもきっと気づかない。
お金があるありがたさを説明されても、
本当には理解できない。
自分でお金のない時代を経験するしか、
たぶん分からない。


私が今までで一番つらかったことは、つわりです。
本当に生まれて初めて、
「生きているのがつらい」と思いました。
妊娠二ヶ月頃から、ひなこが生まれるその瞬間まで、
私のつわりはずうっと続いたのです。
妊娠・出産エッセイにはどれも、
「ものすごく気持ち悪い時期が続いたけど、
ある日を境に気持ち悪さはぱったりと消えて、
気分爽快になった」
というようなことが書かれていて、
もうそんな日が来るのを
どれだけ待ったことか。
ずうっと健康体で生きてきた私は、
つわりなんてたいしたことないだろうと
たかをくくっていたのですが、
そういうこととは全く関係ないんですね・・・。


寝ても覚めても気分が悪く、
でも食べないともっと気持ち悪くなるから
無理矢理食べて、でも気持ち悪いから結局吐いて、
なめた飴やら、飲んだ水まで吐いて。
少しづつましにはなっていったけど、
吐いてしまう気持ち悪さが10だとすると、
出産直前まで、ずうっと2〜3の気持ち悪さが
なくならなかった。


それが、ひなこが生まれたその瞬間に
きれいさっぱりとなくなって、
ひなこが生まれたことよりなんだかそっちのほうが
うれしかったくらいでした。(すまん、ひなこ)
出産した翌日の朝ごはんのおいしさは、
今でも忘れることができません。
パンと、サラダと目玉焼き、牛乳、果物の
なんてことない朝食だったけど、
もう涙がでるほどおいしかった。
(実際泣いた・・・)
気持ち悪くない、気持ち悪くない、
気持ち悪くな〜い!!
それだけで、なんてごはんっておいしいんだろう。
なんて生きてるのがうれしいんだろう。


その頃のことは、しばらくは
思い出すのもつらかったけど、
そのおかげで、今、気持ち悪くないってだけで
すっごくしあわせです。
普通にお腹が空いて、何かをもりもりおいしく食べて、
しばらくしたらまたお腹が空く。
そんなことでも、しあわせ。
しあわせって、単に「お金持ちになる」とか、
「結婚する」とかそういう出来事によって
もたらされるものではなくて、
いろんな経験を重ねて、それによって
どんなことにもしあわせを感じ取れるように
自分が変わっていくことで、どんどん増えて
いくものなんじゃないかなあ・・・と思います。


重い障害を背負った人が、
すごく前向きに生きていたりするのも、
普通だったらなんてことない、
ちょっとしたことができるだけでも、
すごくしあわせを感じ取れるからじゃないでしょうか。
そう思うと、しあわせって決して状況ではなく、
心の持ちようにかかっているはず。
どんなに健康体でお金持ちでも、
そのありがたさや喜びが感じ取れなかったら
しあわせとは違うから。


今なんて貧乏だから、冷蔵庫にトロピカーナの
オレンジジュースが入ってるってだけでも
めちゃめちゃうれしい私です!
本当の苦労をまだまだ知らないって
言われそうだけど、そんなことでしあわせなんだから、
貧乏時代があってよかったなあ・・・。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 08:25 | - | - |
こんな休日
こんにちは。ミキです。
今日は花鳥風月の定休日。
今日一日をだらだらと記してみます。


朝起きたら、まずお湯を沸かしながら洗濯をします。
お湯が沸くまでの間に、ベランダで体操。
今住んでいるマンションは一階ですが、
まるでリゾートのような広い庭(夏はジャングルのよう)
があるので、庭の木々を眺めながら。
お湯が沸いたらお茶を淹れて、蒸らしている間に
店主とひなこを起こしにいきます。
絶対一発では起きないふたりです。


朝ごはんは、ミルクティーと、
日曜日に焼いたパンにクリームチーズと
はちみつを塗って食べました。
はちみつは、庚申通りの「吉野純粋蜂蜜店」
で買ったオレンジのはちみつ。おいしいです。
はちみつ好きの私にとって、
はちみつ屋さんではちみつが買えるなんて夢のよう。
本当はここの国産りんご蜜やとち蜜を買ってみたいけど、
貧乏暮らしの身にはなかなか勇気がいる決断です。


今日はお休みですが、美容院に行くのでひなこは
保育園に連れていくことになりました。
いつもと同じように、九時頃三人で
自転車に乗って家を出ます。
保育園に着いたら早速おやつの時間で、
おやつを手にしたひなこと
笑顔でお別れです。助かる・・・本当に助かる。
そのまま自転車で五分くらいでお店に着くので、
ふたりでお店でお茶などを飲んでから私は美容院へ。


昼ごろ合流した店主と「はやしまる」へ。
私は塩ラーメンが好きです。
おいしい。ほんとにおいしい。
なんか、真剣に作ってます!というのが
伝わってきます。最近は、こういう店主本人が
作っているお店とか、家族でやっているような
小さいお店でないとなんだかこわくて入れません。
数少ない外食の機会で、失敗するのはいやなのです。


それから家に戻って用事をすませてから、
夕ご飯の買い物をして、ひなこを迎えにいきます。
夕ご飯はきりたんぽ鍋。
なぜこの猛暑の日に鍋かといえば、
かなり限られた予算内で家族の
夕ご飯をまかなうためには、
冷凍庫に眠っていたきりたんぽ(私の母の実家は秋田)
を活用せざるを得なかったのです。
鶏とごぼうを入れて三つ葉を散らしました。
お金がなくっても、ちゃんと作って
みんなで食べると結局贅沢したときと
変わらず楽しいんだなあ・・・と実感。
今は前回書いたように貧乏に凝っている(?)
のでよりおもしろく感じる・・・。
うちも裸電球だし・・・。
(気に入る電灯がなかったので)


店主がいるのではしゃぎまくるひなこ。
歌って踊って転がって
ひとり汗だくになっています。
みんなでぶどうを食べて、
ベッドの上で遊んで(ベッドの上で遊ぶのが
ひなこの中で流行っている)、店主とひなこはお風呂。
そのあと私が入ります。一週間で一回だけ、
私が一人でゆっくりお風呂に入れる時間です。
本をこよなく愛する私はお風呂で読書。
出てきてみると店主とひなこはすでに眠っています。


久々に一人の時間ができたので、
本を読んだり日記を書いたりしています。
一人だけれど、すぐそこには
大事な人たちがすやすや眠っていて、
明日になってもまた一緒にいられる。
そんなふうに思いながら
好きなことをしている時間が私は一番好き。
なんてことない普通の一日だけど、
この普通の一日に
自分の大事なものがたくさん入ってる。
友達も少ないし、きちんと会社に
勤めたこともないし、私の世界は
すごく狭いのかもしれないって思うときもあるけど、
私は自分のその小さい世界を、
ぎゅっと大事に抱えるように生きていきたいのです。


さて、明日のためにももう眠ることにします。
ひなこの隣にするりと体を滑らせて、
かわいいほっぺにちゅうをして、
神様に感謝しながら眠ります。
明日もがんばるぞ!

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 08:21 | - | - |
貧乏と貧乏くささ
こんにちは!ミキです。
今私は、図書館から借りてきた
「貧乏真髄」(川上卓也著)を読んでいます。
これがもう、すごーくおもしろいのです。
会社員をやめ、田舎暮らしをしながら
貧乏道を清く正しく突き進んでいる
様子がすてきです。
というか、ほんのひと昔前の日本人は
みんなこんな暮らしだったのでは。
彼が言っていることのほとんどに共感します。


貧乏と貧乏くさいは全然違うってこと。
100円ショップは存在自体が悪。
(過激な言い方だけど、同じ気持ち)
コンビニの異常な明るさと、
そこで売られているお弁当を常食する空しさ。
彼曰く、「裸電球の頼りない薄暗さの中で、
土鍋で炊いた飯を喰うことの方が、
コンビニで手間を買うことよりもよほど贅沢に
思えます。一汁無菜のことも多い
僕の食生活ですけれど、それはそれで、
裸電球と相まって、そこには確かな、
自分の生活があると思えるのです」


ううっ・・・全く同じ気持ち・・・。
コンビニは確かに便利だけど、
人を料理ができなくても生きていける
ようにしてしまったのは罪だと思う。
昔は、とにかくごはんくらいは
炊けなくては生きていけなかったはずだから。
私は毎日ごはんを作るけど、それはそうしないと
おいしいものを食べられないから。
それは何も自分は料理上手、という訳ではなく、
ご飯を炊いて、お味噌汁を作って
、魚を焼いただけでも、売られている
冷たいお弁当を買ってくるよりずっと
おいしいし、そのほうが楽しいということ。


自分の食べるものは自分で作り、
(自給自足って訳にはなかなかいかないけど)
食後にはちゃんとお湯を沸かして淹れたお茶を飲む。
どんなにお金があっても、
そういうことから離れてしまったら、
本当に豊かな生活にはなり得ない気がするのです。


以前(まだ娘がいない頃)すごく疲れているときに
料理をする気力がなくて、お弁当を
買ってきたことがあったけど、
食べたらすごく悲しくなってきて、
おいしくもないのにお腹だけ
一杯になってしまったことがくやしくて、
こんなことならたまごかけごはんでもいいから
自分で作ったらよかった、って思いました。
私は食いしんぼなので、そういう
食べ物にまつわる悲しい記憶は
なかなか消せません。


今、お店を始めたばかりの私たちは、
どっちかっていったら絶対に貧乏で、
毎日の食費を捻出するのが
やっとの暮らしだけど、貧乏はそんなに悪くない。
たまに挫けて泣きそうになることもあるけど、
この暮らしのおかげで、自分たちが本当に
欲しいもの、必要なものが分かった気がするから。
もしお金がきちんと入ってくるようになっても、
絶対にしょうもないことにお金が使えないと思う。
お金が入ってきたからといって、
買ってきたごはんばかりで食事を済ますことはないし、
高い物もそんなにいらない。


以前テレビで、ブランド物大好き奥様の
自宅の様子が紹介されていたことがあって、
ひと部屋がまるまるブランド物のバッグやら服やらに
占領されていました。しかしそれらを自慢げに
紹介している奥様は、やたらに物がいっぱいある
ごちゃごちゃした台所で、キャラクターの
安そうなエプロンをして、スヌーピー柄
(スヌーピーに罪はないですよ〜)
のプラスティックボトルに入った
お茶を注いで飲んでました。
私が貧乏くさいと思うのは、そういうこと。
貧乏なのはかまわない。そういう時代もあるし、
そういう選択もあるから。
でも、貧乏くさいのは絶対いや。


私もこの本をバイブルに、
こうなったら思う存分貧乏暮らしを
満喫することにします!
というか、今の暮らしでも、充分豊かな気持ちになる
瞬間はたくさんあるから、お金があろうとなかろうと、
そういうものをずっと
大切にしていきたいと思うのです。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 23:14 | - | - |
街を歩いて思うこと
こんにちは。ミキです。
この間の日曜日、ひなこと
出かけようとしたら雨が降ってきました。
仕方ないので傘をさしながら
近所をくるっと散歩するだけにしました。
そして思ったのが・・・街、きれいじゃない・・・。
路地を歩いていると、どの家も
木やお花が植えてあって
それを見ているのはとてもいい気分なのですが、
濡れたアスファルトに落ちているごみや、
明らかにホームレスが住んでいる
うらぶれた公園や、
へんなデザインのマンションや。


「世界ウルルン滞在記」や
「ポカポカ地球家族」なんかを見ていて、
ヨーロッパの街並みなんかが映ると、その美しさに
いつも度肝を抜かれます。
なんか・・・完敗っす!って気分になります。
生まれたときからあんなところに住んでいたら、
そりゃ芸術家もたくさん育つよなあ・・・パリとか。
私は日本が好きだけど、街並みだけはどうしても、
もうちょっとなんとかならないかなあ・・・
といつも思っています。
やたらめったらあるコンビニ、
宣伝のための派手なのぼり、
雨風はがっちり防いでくれそうだけど、
全然美しくない最近の建物の外壁。
しかも色はグレーとかくすんだ茶色。
見ていて楽しくないんです・・・。


日本のお城や、お寺や神社、町家とか、
美しい、素晴らしいものもたくさんあるのに、
なんでこんなことに
なっちゃんたんだろう・・・。
なんか、街が美しくないと、生きている喜びが
減ってしまう気がします。
逆に言えば、食べ物がおいしくて、
歩いているだけでうきうきするような
きれいな街並みがあったら、
そんなにお金はなくたって、
それだけで人間はしあわせな気持ちで
いられるんじゃないかって思うのです。
だって、ハウステンボスに住めるなら
住みたいもん・・・。
以前ハウステンボスに行った時、
これといって見るものや楽しい乗り物が
あるって訳じゃないのに、
ただ歩いているだけで楽しかった。
ずっといい気分だった。


もっと、街並みや景観というものに、
国が厳しくなってほしいなあと思います。
ごみだって、カラスが嫌う黄色いごみ袋とか
考えたりしているけど、もっと根本的に、
ごみ箱自体を丈夫なものに
するとかできないのかなあ・・・。
以前府中に住んでいたときは、
街中にがっちりした鉄製の蓋付きの
ごみ箱が設置されていて、
カラスがごみをあさってる姿なんて
あまり見なかったような気がします。
この辺りは、ごみ袋をそのままネットの下に
置くだけみたいだけど、それだと見た目がもう汚いし、
あらされて当然って気が・・・。
以前テレビで見た、北欧の街に設置されていた
資源ごみのごみ箱は、すごくかわいらしかった。
カラフルで、すてきなデザインで。
日本でも、ああやってもっと遊びごころのあるものが
普通に生活の中に溶け込んでいたらいいのにな。


使わない保養所や、そのうちほとんど人が
来なくなるような中途半端な
テーマパークのようなものを作るくらいだったら、
普通に人が生活している街並みを、
歩いているだけで楽しくなるように
きれいにすることにお金を使ってほしいなあ。
そういう、きれいなもの、美しいものが
いつも目に入るような
国になってほしいなあ・・・と思います。
そうしないと、大人の文化が育たない気がするから。
今の日本は、全体的にちょっと
こどもっぽすぎるような・・・。
でも、そう感じている今の世代の人たちは
たくさんいると思っているので、
少しづつでも、日本が変わっていくといいなあ・・・
と思うのでした。
そのためには、今の自分の生活を
きちんとすることなんですけどね!

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 19:45 | - | - |
変われたことのよろこび
こんにちは。ミキです。
つい先日、何度か来てくださっているご夫婦が、
赤ちゃんと一緒にまた来てくれました。
初めて来た時は奥さんのお腹が大きくて、
前回来た時は赤ちゃんが生まれたばかりで、
今回は赤ちゃんの首もしっかりすわり、
むちむちさんになっていました。


お父さんは赤ちゃんがかわいくて
仕方ないようで、
抱き上げてはほっぺにキスをして、
私にも赤ちゃんを抱っこさせてくれました。

か、軽い!
毎日13キロの娘を抱えているので、
赤ちゃんはものすごく軽く感じます。
それでもずっと抱いていると、
やっぱりずっしりと重くなってきます。
でも赤ちゃんはしあわせな重さです。
柔らかくて、すべすべで、愛がみっちり詰まっていて。


こどもを産んでよかったと思うことは、
世の中のほかのこどもまで好きになれたこと。
それまでの私は、
どちらかというとこどもは苦手でした。
下に兄弟がいないということもあると思いますが、
決して嫌いではないんだけど、
どうしたらいいのか分からない存在だったのです。
赤ちゃんを見て、かわいいなあ、とは思っても、
なんだか別の生き物みたいで、
ほ〜っと見ていることしかできませんでした。


でも今では、赤ちゃんを見たら抱っこしたくなるし、
小さいこどもが泣いていたら
「どうしたのかな」と心配になるし、
世の中にいるたくさんの赤ちゃんやこどもたちが、
一気に視界に入ってくるようになりました。
保育園に娘を迎えにいくと、ほかのこどもたちまで
「ひなちゃんのママだ〜」と
寄ってきてくれるのですが、
それもかわいくて仕方ありません。


そして、そんな自分にびっくりします。
昔の自分からしたら、きっと信じられないことだから。
こんなふうに、愛情の幅って広がるものなんだ。
人って変わるんだ。変われるんだ。
こうやっていろんな経験をするたびに、
見えなかったものが見えるようになったり、
分からなかったことが
分かるようになるのかもしれない。
自分にはないと思っていたものが、
いつか得られるときがくるのかもしれない。


そう思うと、生きていくことは、
希望と可能性に満ちているような
気がしてしまいます。
こどもがいるのは大変だけど、
今のほうがしあわせだから。
好きなものが増えたから。
与えることの喜びを知れたから。
こんなふうに世界が開けていくことが、
長生きする醍醐味なのかも・・・。
そんなふうに思った一日でした。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 08:03 | - | - |
すばらしい出会い
こんにちは!ミキです。
ゴールデンウィークは、
ちょうど父の四十九日でもあったので、
娘を連れて実家でのんびり過ごしてきました。
そこで私は衝撃的な出会いを体験するのです!

温泉町とはいいつつも、これといって
見るところもない田舎の町なのですが、
(でもまわりを山に囲まれているから、
この季節は本当にすてき)
どこかお茶飲みにいきた〜いという私を、
母があるケーキ屋さんに連れて行ってくれました。
そのお店のケーキ自体は以前
買って来てもらったものを食べたことがあったので、
おいしいことは知っていたのですが、
そのお店にお茶を飲むスペースも
併設されていることは知りませんでした。
というかどうして早く教えてくれなかったのお母さん!


駐車場に車を止めたときから、ここは・・・
ここはなんだかすごい気がする、
という予感。山道を登ったところに突然現れた洋館、
といった感じです。
お店に入ってすぐにあるショーケースから
ケーキを選んで、奥のカフェへと進んでいきます。
そこには、アンティークの椅子とテーブル、
木の床に木枠の窓。
そしてその窓の向こうには木々が見えて、
高台にあるために遠くに町が見下ろせるのです。
まさに、最初に自分たちがお店をしたいと思ったときに
イメージしていたような眺めでした。


飲み物のメニューを見ても、なんだかもう、
絶対においしそう。
注文したコーヒーも、一緒に食べたミルフィーユも、
衝撃的においしかった。
おいしくてびっくりとはこのことです。
ケーキはおいしくても、飲み物はそんなに、
ってところはよくあるけど、
コーヒーが、ちゃんと、すごくおいしい。
きっと何を頼んでもおいしい。
そういう絶対的な信頼がおけるお店に、
私は初めて出会いました。
初めてです。花鳥風月以外には。
そして店内がすばらしい。安っぽいものが一個もない。
ケーキと飲み物だけ、っていうのもまたすばらしい。
食べている間も、帰ってきてからも、もう私の頭の中は
このケーキ屋さんのことでいっぱいです。
とにかく、明日も行かなくては、
ってことばかり考えていました。


そうして私はそれから四日連続で、
このお店に通ってしまいました。
最後の二日はさすがに母を連れて行くのも悪いので、
ひなが眠っているあいだに
一人で車に乗って行って来ました。
八年ほど前に免許を取ってから、
五、六回しか運転したことのない私が、
ゴールデンウィークのさなか、山道を、
一人で運転していったのです。(恐かった〜)
花鳥風月に来てくださるお客さんが、
うちのことをほめてくれる気持ちが、
本当に本当によく分かりました。
お客さんが言ってくれることと、
全く同じせりふが出てくるのです。
好きすぎて人に教えたくない、もっと早くに来たらよかった。
もう、店長さんにファンレターを書きたい気分です。
しかも、こんな田舎の、山の中にあるのがすごい!


このお店のケーキを食べてから、
うちに置いてあったちょっとしたおやつなんかが
全く食べる気がしなくなりました。
私はケーキは好きだけど、
四日連続で食べられるほど好きとは思いません。
これからはもう、「ケーキがすき」なんて
とてもひとくくりでは言えない気がします。


おいしいものって、結局なんでも同じなのかもしれません。
スパゲティでもケーキでもコーヒーでも、
それなら何でも好きって訳じゃなく、
あのお店のものだから好き、
ってことなんだと思います。
そしてそういうお店って
かっこいいなあ〜と思いました。
だってこんなにも、人を感動させて、
行動させる力があるから。
花鳥風月もそういうお店でありたいなあ、
と感じる出会いでした。
勉強になった・・・。


(それでも、私がそこでお茶を飲んでいる間に
どやどや入ってきたおばさま三人組が、
メニューも見ずに、「レモンティーでええわ〜」
などと注文していました・・・。
紅茶も数種類あって、それぞれ
ミルクやストレートなどおすすめの飲み方なんかも
書いてあったりするのに・・・。
それは仕方のないことなんだけど、
こういう場所でこだわりを持ってやっていくって、
すごく大変だろうなあ・・・と感じます)



| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 09:59 | - | - |
ひとりの休日
何年ぶり?かという、一人の休日です。
(3月にもあったのですが、
確定申告の時期でずっとPCにむかっていました)


起きたらもう夏のような天気でしたが、
午前中にさわやかに用事を済ませ、
少し自分の店でまどろんでいました。
(写真=休業のためイスがテーブルに上がっています。
お見苦しくて申し訳ありません)
大好きなアイスコーヒーを飲んでいると、
天気のせいもあるでしょうが、
まるでリゾート地のような錯覚におちいります。


ひとりの時、困るのがご飯です。
どうしてもコンビニとかチェーン店とかに
なってしまって、おなかはふくれるかもしれないけど、
なんか満たされない・・・かといって、
雰囲気だけよくても、信用できる料理人が作ってくれる
お店でないと嫌だし・・・


年を重ねる毎に、飲食店に対して要求するもの、
見方というものがずいぶん変わってきたと思います。
そして自分のお店をこうしたい!という気持ちも、
それと同じように変化してきているように感じます。


日本のように物質的に豊かな国でも、
そうでない国でも、食べ物に対して、
作り手も食べる側も、
愛情や感謝の気持ちを持つことが
できれば、それが一番だと思います。

遠い夢かもしれませんが、
僕はいつか花鳥風月を飛び出して、
「食」と関わる生活のあり方や考え方などを深く知って、
世のために尽くしたいと思っています。
まだまだですけど・・・


そして、今日の晩ごはんですが・・・
仲のよい常連さんたちとお食事会です!
食べ物屋には厳しい人たちばかりなので、
行き先選考が難航しておりますが(笑)。
その様子は、またこちらでお伝えしたいと思います。
| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 09:55 | - | - |
料理をするということ
こんにちは。ミキです。
突然ですが、私は料理をする人が好きです。
父もコックさんだし、店主もそうだし、
自分も料理はします。
なぜなら料理をする人は、
料理をする人の気持ちが分かるからです。
そして料理をする人は、
食べ物に対してきちんとした目を持つことが
できるからです。


世の中には、やたらに安くやたらに早く出てくる
食べ物屋がたくさんありますが、
本当に食べ物を食べ物として料理していたら、
そんなに安かったり早かったりは
できないと思うのです。
数年前に、実家のお店の近くに
ファミレスができました。
ランチが五百円くらいで提供されています。
同じ頃、コンビニが近くにできたこともあって、
実家のお店のお客さんもそれで少し
減ってしまったりしたようです。
それでお客さんの中には、
ここももう少し安くしたほうが
いいんじゃないか、という人もいたようですが、
そんなのを聞くと、ばかにするなよ、
と言葉は悪いですが思ってしまいます。


父が何時間も大きな鍋で
デミグラスソースを煮込んでいたり、
ポークソテーのソースをぐつぐつ煮つめて
おいしくしたり、おいしいものには、
おいしくするための工夫がきちんと
なされているものなのに。
そしてそういうものには、
普通の値段がついているのが本当だと思います。
少なくとも実家のお店は、
安すぎることはないけど、決して高い値段じゃ
なかったし、それを認めてもらえていたから、
ずっとお店を続けてこれたんだと思うのです。
ファミレスやコンビニの食べ物で
十分おいしい、という人には
関係ない話かもしれないけど、
それらのものと、食べてくれる人のために
きちんと手と時間をかけて作ったものと
一緒にするのはやめてほしい。
だから私は逆に、安すぎる食べ物はすごく怖いのです。


お店でも、出来立てを持っていっても、
携帯でメールをしていてなかなか手をつけない人や、
おしゃべりに夢中になって食べるのが
全然進まない人を見ると、
この人は料理しないのかもなあ・・・と思います。
自分で料理をする人なら、
それが作った人にとってどんなに悲しくて
残酷なことか分かるから。


料理をするしないは個人の勝手かもしれないけど、
自分の友人や好きな人や家族が弱っているときに、
何もつくれないのはやっぱり悲しいことだと思う。
そして家族のために料理を作り続けるってことは、
最大の愛情表現だと思う。
だから私は世のお母さん達は本当にすごいと思う。
だから私もそういうお母さんでありたいし、
ずっとずっと、
料理をする人であり続けたいと思うのです。

| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 20:03 | - | - |
一人でお茶をするところ
こんにちは。ミキです。
遅ればせながら、明けまして
おめでとうございます。(遅れすぎ!)
今年もお客さんに感動を与えられるお店を
目指してがんばりますので、
店主共々、どうかよろしくお願いします。

さて先日、某ファーストフード屋さんで
お持ち帰りをしたのですが、
レジで商品を待つ間、店内でお茶を飲んでる
人たちを見て、なんだかしみじみ感じました。
私には、もうこういうところでお茶をするのは
無理かもしれない・・・。


今年初めての営業の前日、
お店で一人で仕込みをしていたのですが、
せっかく一人だし、
(店主と娘はうちでお留守番でした)
どこかでお茶でも飲もうかな、
と思いつきました。
しかし、どこもかしこもお正月休みで
閉まっていて、開いているのは
ファーストフードのお店ばかりでした。


一人でお茶が飲めるチャンスなんて
子持ちにはなかなかないのですが、
それでもやっぱり、入れなかった・・・。
なんていうのか、無意味な感じがして。
ここでお茶を飲むなら、うちできちんと
おいしく淹れたお茶を飲んだほうが
いいよなあ・・・と思ってしまうのです。
そして、あの安そうな(すみません・・・)
テーブルと椅子に座って、
ぺらっとした壁を見ながら過ごすのは
いやだなあ・・・と。
若いときは、そんなこと特に
考えなかった気がするのに。


自分がもう若くはなくなってきた、
ということもあるだろうし、
やっぱり、ずっとお店にいるように
なったからだとも思います。
この間とっても暇なとき、
開き直って(?)お客さんとして
客席に座って休憩していたのですが、
自分の店なのに異常に
落ち着いてしまいました。
テーブルの上のお花や(自分で生けたんだけど)、
おいしいお茶や(店主がいれてくれたんだけど)、
漆喰の壁、柔らかい明かり、
しつこいようですが自分のお店なのに、
素敵だ・・・と思いました。


これ以下のところで、お金を払って
時間を過ごす気にならない・・・。
生意気ですが、
そう感じるようになりました。
見る目が厳しくなることは、
選択の幅が狭まることだけど、
そういうことを大事にすることが、
花鳥風月をよりよくすることにも
繋がっていく気がします。
そして厳しい目で選んだお気に入りのお店が、
自分の店以外にもどんどん
増えていくといいなあ、とも思うのでした。



| 旧ブログより「傑作選!」・・・思ったこと | 06:37 | - | - |